2018年 01月 17日 ( 1 )

もう23年!

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鮮明

1995年1月17日の夜明け前、今でもはっきりと覚えております、我が家は震災被害にあった一番東の方らしい、大阪では比較的被害が少なかったがそれでも我が家はとんでもないことに


地震が一段落して家を見渡すと、家の中は誇りだらけ、古い家なので壁は土壁なのだが家が一度きしんだときに壁の隅の壁土がこぼれ落ち穴が開いている、家中の本が床に落ちていたが台所の水屋は引き違い戸なので食器は移動していたが落ちずにすんだ


明るくなって表に出ると、向かいの奥さんが私に「屋根が・・・」、お向かいさんの2階に上がらして貰い我が家を見ると、大屋根の瓦が全部ずれているでは無いか、仕事仲間に電話をして仕事が無いことを確認し我が家の補修の手伝いを頼んだら快く受けてくれた,私はどうも高いところが苦手だが彼は問題なし


直ぐに屋根をカバーすべく淀川大橋の近くにあるシート屋さんへチャリで出発、走っていてびっくり信号は付かず何カ所も水道管が破れ地上に水が噴き出している,シート屋さんは開いていたのでシートを購入、友達が来てくれたので屋根にはしごを掛け大屋根全部にシートカバーを掛けることが出来ました、多分大阪市内で一番早くシートを掛けた家では無かろうか、さらに古い家なので少し傾いていたのですがさらに柱が斜めになってしまった、仕事柄水平垂直に敏感なので毎日家に脅迫されております(笑)


起きたときは水道も電気もガスもすべて止まっていたが昼前には復旧、その頃は甥が下宿していたので彼にコンビニでパンを買ってくるようにお願いした、暫くすると食パンを買ってきてくれたのだが一斤では無く一本、理由を聞くとレジに人がたくさん並んでいたからと、後でごパンを買いに行ったが売り切れで買えなかったお向かいさんや近所の方に、食パンを切って分け分けして非常に助かりました


後日、知り合いの工務店で屋根の葺き替えをお願い、屋根裏に断熱材を入れ瓦から新建材の素材で葺き替え、その時知ったのだが古い日本家屋は瓦の下に入れる土と瓦の重さで、家を丈夫にしているとか・・・、わずかな蓄えも一気に無くなったのは言うまでもありありません、私の人生で一番お金を使ったかな


仕事も暇だったので毎日毎日家の片付け、大半の本は震災募金をかねて近くのスパーで1冊10円で買い取ってくれたので台車で何百冊も持ち込んだ、2階の寝室は本を全部階下に運び本棚も無し

壁の剥げ落ちたところはセメントで埋めてから、掘りごたつのある居間を始め全部和紙を貼りその上に絵の具のガッシュで彩色、23年も経つとかなり黄ばんだが今日の写真はその居間の壁です、見回すと我が家には震災の痕が至る所に残されております、


1995年と言えば、3月にあった地下鉄サリン事件も強烈な印象として残っている、未だにオウム真理教の存在が理解できないでおります、イスラム等宗教による弾圧や殺人なども別の意味の狂気で理解不能です




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by push-pull | 2018-01-17 08:44 | 私事 | Comments(0)

公園ののららで、一番お気に入りのロン毛の三毛、ええ顔してます


by PUSH-PULL