あどぼかし

b0057679_8301693.jpg
知らないことだらけ
先日小林武史の主催する地球温暖化防止のコンサート話(この土日)をNHKでやっていたので少し覗いた時にこの言葉を初めて聞いた

その言葉はアドボカシー(advocacy)で権利擁護のこと、「あどぼかし」と聞いた時は耳慣れない変な日本語だなと思っていたが調べてみて全然違うことに気づいた、つまり終末期の患者や障害者、アルツハイマー病、意識喪失の患者のたちの代弁をすることなど言うらしい、となるとNGOやNPOの活動なども反政府や反企業という意味ではなく考え方や政策を示すという意味では同じアドボカシーとして考えられる

昨今の行政や政治家の発言はすべてこういった市民側の発言を封じ込める方向に向かっている、ましてやアドボカシーと言う言葉にさえ見向きもされない下層に対しては虫けら扱いである

日本ではどうして人権やこういった問題に関して良い日本語が生まれないのだろう、日本発という運動ではないからで「もったいない」も海外から教えられて動き出した、新聞やテレビを見ているとコンプライアンスだのプログレッシブだのイノベーションだのテレワークだの私の英語力にもよるが意味がよう判らんのだ、ましてやシンゾウ君の演説などは美しい日本と宣いながらカタカナだらけで信用性ゼロである

「エスタブリッシュメントこそコンプライアンスを!」(笑)

新しいカタカナ用語を巧みに使いもっともらしくしゃべると賢そうに見えるのは事実である、本人が語彙をきちっと咀嚼して語るならともかく私の生息していたデザインギョーカイはもっと悲惨である、デザイン事務所勤務時代の会議の時にいつも判らないカタカナの意味を質問していつも顰蹙を買っていたのは事実であるが、どちらかというと私の質問は嫌みでもありました、もっと自分の言葉で語りましょう(私自身)

友人の富山大学問題で書いた文章を読むと、今や学生の自主性などは皆無で殆ど中学生並みの束縛と規制の網が掛けられている、教授会などは何の罪悪感もないのだろうか?学生たちはこんな規則が設けられていても腹が立たないのだろうか?それとも大学なんてそんなものと頭から諦めているのだろうか、これが今の国立大学なのである
http://sumiyakist.exblog.jp/d2007-03-15
私の自治会活動時代の大学も相当ひどかったがまだ学生の自主と権利は少しは認められていた、大学の授業以外の活動で規制されると言う記憶がほとんどない

国歌・国旗問題の東京都のようにどんどんと復古主義がはびこり、反対側の人間を葬り去ろうとしている、そこには個人の選択の自由というものが存在しないのである、ましてや発言する力を持たない個人の場合はもっと悲惨で、先の鹿児島の選挙違反全員無罪や富山の服役後に痴漢犯罪の疑いが晴れるというは絶対に許されない事件であり、司法の独立性など消えかかっているのだ

補記:最初に書いたNHKの番組だがコメンテイターのデーモン木暮の何事も知っているような発言はいささか、いやかなり横柄である、自分が先に地球環境問題を取り上げていたからと言ってミュージシャンイベントとはいえ折角の温暖化防止の活動に水を差している、そんなことよりええ加減歳なんやから人間世界に戻った方がよろしいようで

お節介:時々見ていた「華麗なる一族」だが昨日の最終回にはガックリ、今までの緊張感は何処へやら尻切れトンボの終末でありました、アラだらけの衣装やセットはともかく折角キムタク頑張ってたのに原作と違って拓哉様のために息子を主人公にしたからかなあ
Commented by まきこ at 2007-03-19 17:20 x
本当やなあ 昔在る人が日本語の本は漢字とひらがなで見た目もうつくしいが読むと映像が浮かんで素晴らしいと 世界出一番美しい言葉と文字を持っていると言わrwた事 美しい国も良いけれど美しい日本語の方も大切にしてもらいたいわ唖 日本語に訳しても難しい言葉をカタカナ語で言われたら日人をバカにされたと思う事が多々あります=@
Commented by PUSH-PULL at 2007-03-20 08:46
ほんまほんま、ポチもシンゾウ君も単文しか話せない、鈍感な人に鈍感になれと言ったとてまるで笑い話である、シンタローも庶民感覚まるでゼロ、顔面神経痛を応援する都民の政治感覚が理解できないのであります
by PUSH-PULL | 2007-03-19 08:53 | ご託&うんちく | Comments(2)

公園ののららちゃん 良い顔してます


by PUSH-PULL