ヌードあるいは裸婦

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写真集
昨年末からAmazonで大量の本を出品に処分している、一つは兄の本で万は優に超える蔵書の処分が目的であるが、彼の唯一の道楽が古本屋廻りそうこうするうちに同じ本を買うことが多々見らるようになった、自宅横に書庫をプレハブで作り本箱を購入し本をみんなで移動したのだがその時整理中に見つけた同じ本のナンバーワンは5冊(笑)

自宅の床が抜けたと言うからその蔵書振りがうかがい知れるのだが、最後は茶室から廊下まで本で埋め尽くされていったのである、酒も飲まず遊びにも出かけない人生で本だけが溜まる一方だった、兄の本を出品中に今度は友人のデザイン事務所の引っ越しでデザイン関係の専門書や写真集が大量にやってきた

ためしに数冊Amazonにアップしたら1万以上で売れるではないか、気をよくして彼の余分な本を引き取り次々とアップしたがそれからはさっぱりで我が仕事場が今度は段ボールの箱がどんどん増える有様である

上の写真は折角売れたのにどうも私が間違って登録したようで、購入者にお詫びのメールを入れるために表紙を写真に撮りメールしたわけだ、注文の本も同じヘルムート・ニュートンのヌード写真集ではあるのだが
本を手入れしがてら(ここが重要で喫煙の部屋の蔵書は痛みがひどい)パラパラ写真を見ていたのだがどうも私は昔からヌード写真が苦手である

俗に言うポルノ雑誌の方は興味を持ってご拝見できるのだが(笑)お芸術写真の方はそうはいかない、学生時代に年中大学のアトリエでモデルを前に粘土で裸婦像を制作していた時代があるのだが、そのせいか裸に若干無感覚というか見る眼に厳しくなったのは事実である、一度上野の日展の入選作品の彫刻室を覗いたことがあるのだが所狭しと並ぶ裸婦像は見ただけでも醜悪で気分が悪くなるほどだった、一体だとさほど問題はないのだがマネキン屋の倉庫に近い不気味さがあった

写真を目指す人間にとって「婦人科」と言う言葉がある、一ジャンルを作っているのだが何故か一段低く見られる、ましてやその頃だとプレイボーイなどに裸婦を載せられるカメラマンは日本でも数人というありさまでいくら女好きでもこのジャンルではまず飯が食えない、今はどの週刊誌でも下品なヌードが巻頭グラビアを飾っているがこれは写真と言うよりも単に男の射幸心をあおるだけのために頁に過ぎない

そのレベルからヘルムート・ニュートンのヌードを見ると別次元である、つまり女性の美しき形態が一つの彫像を見るかのようなモノクロームの絵画として撮影されている、この写真を見て性欲を感じたら相当の強者であるか禁欲中のお方に違いない(笑)とりあえず綺麗なのである

日本の写真家でも戦後のポピュラー作家はすべてこの「婦人科」か広告媒体でデビューしている、土門拳や奈良原・植田たちがリアリズム正統派として存在したが、ポートレートの登場と共に大竹省二・秋山庄太郎が表れその後は紀信やアラーキーを筆頭に次から次とカメラマンが登場している
by PUSH-PULL | 2006-10-06 08:36 | カルチャー | Comments(0)

公園ののららちゃん 良い顔してます


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