ガチャガチャ又はガチャポンだと思っていたらどうも発売元のユージンでは「ガチャ」のようだ、スーパーの子供の遊び場の直ぐ横に100台ぐらいのガチャポンのマシンが並んでいる、何度やってもお目当てが出てこないので少し諦め掛けていたが(何時も1回しかやらない)何日かしてカメラがやっと転がり出た
食玩にも高いモノはあるが学研の「大人の科学」と言うネーミングだけで1回300円也、発明コレクションの中に望遠鏡や蓄音機・蒸気機関車などに混じって「ダゲレオタイプカメラ」があった、私の回りにはクラシックカメラ好きが沢山(大阪手作りカメラクラブ)居る、いつの間にか無用な知識が蓄積されお目当てのカメラをどうしても手にしたくなる、オモチャならカワイイ話だがライカウィルスなどに感染すると毒性が強く買うまで病気は治らなくなるという、買った瞬間に病は完治し至福の時が訪れるのだが直ぐに新しいウィルスがあ〜・・・
最初の写真?は人物の影をなぞったり、プリズムを利用して紙に写し取っていたが、1839年に仏の画家ダゲールが写真なる技術を発表した、左のダゲレオタイプカメラは1845年頃でマホガニーの箱にガラスのレンズ、後ろにピント用のスクリーンがあり箱がスライドしてピント合わせが出来る、穴の開いた板を差し込み絞りも調整できる、驚く無かれ1848年にはオランダから長崎に渡来している
日本語で書かれた説明図を見て解るように、明治に伝来したときはレンズを「玉鏡」絞りを「暗み」と言った
ここまでは理解(カメラ・オブスキュラの原理)できるがやっぱり凄いのは銀板!銀板にヨウ素蒸気を当てて感光性を与えて、撮影の後水銀蒸気で現像すると絵が出てくる、この辺りから理解不能になる、何台もカメラを持っているのだがいまだに撮すたびに「何で写るんやろな?」と思っております
ダゲレオタイプはポジ写真1枚しか出来ずで人物が反転してしまう、丁度その頃にタルボなる人がカロタイプなる感光剤に銀塩を使うネガが考案され、これが現在のネガ・ポジの始まりとなりカメラが広まっていく
ダゲレオタイプは素晴らしい発明であったが不安定、すぐさま英国のアーチャーがコロジオン湿板法を発明した、日本ではここから普及している、カメラのピント合わせも蛇腹式になり折りたためるようになった
しかしながらこのころの道具というモノはすべからく実用プラス装飾性が高く、信じられないぐらい豪華である、マホガニーに真鍮にニス(日本では杉とヒノキの拭き漆)、今の見た目は豪華に見えるプラスチック成形のカメラとは雲泥の差がある、現在の趣味の世界は一番大事な余裕(装飾性)と遊びが抜け実用が前に出た安っぽい文化に成り下がっている
うん?そうなると私の言う趣味とは私自身が参加できなくなる高値の話になり矛盾するのだ(笑)