四天王寺

b0057679_8443758.jpg天王寺界隈
天王寺駅をおりて四天王寺へ向かう間にはめったやたらと学校と坂がある、知っているのは夕陽丘予備校ぐらいで、後は聞いたこともない各種学校が建ち並ぶ、坂は七坂と言われ、逢坂を始めとするお散歩ルートがある、しかし天王寺には天王寺という寺はなかった

あるのは四天王寺で今から約1400年前、推古天皇元年 (593)に聖徳太子が建てたわけで、日本最初の大寺である。 新しく渡来した仏教を支持する蘇我氏と日本古来の宗教を推す物部氏の二大豪族の争いで 、弱冠16歳の聖徳太子は仏教の守護神四天王に祈願して戦いに勝利した、その記念の建物である

読めば読むほど疑問が色々と涌く内容であるが、16才ではやはり祈願するしか仕方がないのかも知れない、この時代に出てくる人の名前は誰でもが知っているのだが、長い間歴史書をおそろかにしていたら物の見事に関連性を忘れている、蘇我馬子と物部守屋と聖徳太子の関係がどうだったかもう一度再読するしか無さそうだ

普段は乗り物の関係で四天王寺に入るときはいつも西側の石の鳥居側からだった、しかしこの南側の中門が正門なのです、ここは「四天王寺式伽藍配置」と呼ばれ中門から五重塔、金堂、講堂を一直線に並べた日本では一番古い建築様式である、奈良の法隆寺などとは又違った趣がある

b0057679_850191.jpgお寺に鳥居?不思議なので調べたら元々鳥居は聖地結界の四門として古来インドより建てられたそうで、神社に限った物でないことを始めて知ったわけだが、あなたはご存じでしたか?

どうもごみごみした大阪にある文化財は写真でも判るように景観と言うには寂しい、大阪城も廻りにはお城より高い建物が建ち並び、まさに今の大阪を象徴するがごとく埋没してしまっている、その分有難味に掛け信心深い人は兎も角、歴史的には奈良より古いのに観光とはどんどん無縁になっている

余談だがこの鳥居の前に五十メーターほどの参道がありそこに俗に言う食堂が一軒だけある、この俗に言うというのは天麩羅定食からお寿司にうどん、果てはラーメンまである店のことを指す、ここらあたりは食べるところが非常に少なく一度このお店できつねうどんを食べたことがあるのだが、これぞ下町の何処にでもある大阪のうどん!おばあちゃんがこぼすのではないかとハラハラするような動きで、満員の店内を相席のテーブルまで運んできてくれたが、麺は柔らかくお揚げさんは約束通りすごく甘い、上手い不味いは通り越して何か非常に食べ慣れた味であった

しかし今はもう一度食べようとは・・・
by PUSH-PULL | 2005-03-02 09:32 | カルチャー | Comments(0)

公園ののららちゃん 良い顔してます


by PUSH-PULL