7月の「浅野潜さんと映画を楽しむ会」

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「お葬式」
久しぶりに伊丹映画を見た、彼が一番最初に作った映画「お葬式」

`84年製作で、作られたときはタイトルからして絶対当たらないと言うことで、アートシアター系の映画館だけで封切られたのだが予想に反して大ヒット、その年の映画賞を総ナメした、またその利益を元に次々と映画を発表、すべてオリジナルの脚本を書き下ろし監督

役者さんも、彼の映画ではお馴染みになる山崎努を始め奥さんの宮本信子、菅井きん・大滝秀治・財津一郎・江戸屋猫八・・・出てくる俳優が皆んなしっている俳優ばかりなのだが、後のクレジットで知った井上陽水だけ気づきませんでした(笑)

浅野さんの話によると、とても役者さん思いの監督でしたが自分の脚本なので俳優が勝手に台詞を言うことを許さなかったとか、この映画に出ていないが三国連太郎ですら怒られたとか

ストリーは至ってわかりやすく奥さんの父親の葬式を自宅でやる羽目になり、ビデオで挨拶を練習するなど色々な出来事が重なり合った面白い映画です、彼は撮影のチェックにビデオを取り入れ直ぐに確認していたとか、映画としても質が高くきめ細やかに作られている

後で大ヒットしたマルサの女で右翼に刺されると言う事件がありながら、めげずに次々と映画を作っていた男が何故自殺したのだろうか?浅野さんの話では奥さんの宮本信子ですらその原因がわからないとか

山崎努とお葬式となると、もっくんの「おくりびと」を思い出してしまいます、今回の映画に大橋さんという映画のエッセイまで出された人が一緒に見ていたのですが、大橋さんの本業はお坊さん、2次会のそば屋での坊主の話がとても面白かったのであります

彼は朝からお葬式のために映画と同じお経をあげた後、昼から同じシネヌーヴォで映画を見ていたのでこれが3本目とか、参りました

今日はこれから京都へ、最高の友人だった五里の葬式ならぬ偲ぶ会に行って参ります、後で気がついたのだが今日は祇園祭、電車込んでるやろね

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<八百八分の百六十八橋>朝日橋を下ると大阪環状線京橋駅のすぐ横にあるのが「鴫野橋」、鴫野から蒲生へ渡る橋で最初に架けられたのが明治10年と言うから古い

この橋を南へ渡ったところが小説にもなったアパッチ部落があったところで、今も微妙に面影が残っています、ここから第二寝屋川を舟で渡り砲兵工場跡地へ鉄材を盗みに行っていたのだろうか、車の通れない橋は一杯あるが一方通行の橋は数少ないのではなかろうか

調べていて気づいたのだが、昔の鴫野橋はどうも第二寝屋川の少し下流で大阪城すぐ北側に架かっている新鴫野橋あたりらしいのだが・・・
Commented by blackfacesheep at 2010-07-17 13:12
伊丹監督の一連の作品、私も大好きでした。^^
特に第一作目の「お葬式」、気に入ってたなあ。
こんなに良い作品を撮れる人なのになぜ自殺してしまったんでしょう。
ゲージツカの感性は常人とは違うところにあるんだろうな、きっと。
Commented by やまひら at 2010-07-17 21:21 x
陽水は郵便配達のバイクに乗ってましたよ。
Commented by PUSH-PULL at 2010-07-18 08:58
黒顔羊さん、彼の映画はどれも面白いですね、次は確か「マルサの女2」の予定です
でも本人はどうもキザでかっこよすぎるので好きになれませんでした(笑)
Commented by PUSH-PULL at 2010-07-18 08:59
やまひらさん
後で郵便配達だと知ったのですが、ミリ単位の出演でボッと見てたらまず判りません(笑)
by PUSH-PULL | 2010-07-17 08:48 | カルチャー | Comments(4)

公園ののららちゃん 良い顔してます


by PUSH-PULL