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痛快無比
4年ほど前に日本に来ていたが関係者では知られていたとか、しかし2003年にアメリカは彼の市民権を剥奪しパスポートを無効とした、おかげで昨年7月14日に成田空港からフィリピンに出国しようとして入管法違反の疑いで東京入管成田空港支局に収容されてしまった

それ以後は世界中から彼へに嘆願が日本に寄せられた、ビックリしたのは羽生名人が小泉宛に「チェス王に日本国籍を」なる嘆願書を出したことである、内容はモーツアルトは生前はろくな人間でなかったがあれだけ素晴らしい作品を残している、だからボビー・フィッシャーに日本の国籍を・・・

8月になって日本チェス協会の渡井美代子事務局長とボビー・フィッシャーの婚約発表、渡井さんによればフィッシャー氏は朝食で追加のゆで卵を頼んで監視人と口論になり口論はエスカレートしてもみ合いになり、フィッシャー氏は独房に入れられた

さらに凄いのは北朝鮮拉致問題でジェンキンス氏が来日したのは7月18日、ボビー・フィッシャーが成田で収容されたのは同13日、アメリカ政府がジェンキンスの脱走の罪を一時期反故にして曽我一家のために自由の身とし、その交換条件として国家反逆の罪に問われているボビー・フィッシャーの身柄を渡す要求を日本政府は受け入れた、なんて話があるのだが真偽のほどは定かではない

彼は過激である「私はユダヤにねらわれている、そしてアメリカはユダヤ人によって支配されている」と言う彼自信がユダヤ人である、また911の時フィリピン滞在中の彼は「素晴らしいニュースだ」メッセージを出したとか

b0057679_739460.jpgその後日本の国会でも審議されたがアメリカに強制送還されようと進められているさなか、アイスランド政府がフィッシャ-氏の受け入れを表明したのである。昨年12月15日付で同政府は同氏の入国を認め居住許可を与えることを発表。旅券を保持してなくともアイスランドに入国できること、入国後希望があれば、外国人用の旅券を発給することも確約した、そして先日アイスランドの国会で正式に彼の市民権が認められ日本側に通達、晴れて成田を旅立ったというわけ

成田空港に到着したフィッシャー氏は記者団に「これまでの拘束は逮捕じゃない誘拐だ」「全部でまかせだ、ブッシュと小泉は戦犯で絞首刑にされるべきである」また「日本を出国出来ることになって本当にうれしい、日本はいい国だが指導者が犯罪者だ」と過激な発言をして去っていった
デンマークに到着後、自家用機が手配されアイスランドの米陸軍基地の近くのケプラーを避けレイキャビへ向かったそうである

日本政府としてテレビで見るあの凄い顔の法務大臣のコメントも渋々認めたような内容だったが、ひょっとしたら戦後始めてアメリカにNOと言ったのかも知れない、しかしマスコミ相手とはいえ様々な暴言を吐き名指しで政治家をこき下ろすのは溜飲が下がる思いだが、彼なりの過去の実績と自信があるからに違いない

もう一つ、これだけバッシングされながらアメリカで彼をモデルにした「ボビー・フィッシャーを探して」という天才チェス少年を描いた映画が1993年に作られているのです
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# by PUSH-PULL | 2005-03-28 07:45 | Comments(0)
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チェス
少しでもチェスをやったことのある人にとっては長嶋よりすごい人なのである、しかし私はチェスを何種類か持っているが(上はその大理石製)まったくもって弱い、早い話が碁も将棋も弱い、少しだけ人とまともに打てるのは麻雀ぐらいである、ゲームが好きでカードだと花札、本引き、カブ、ポーカー、ブラックジャック、ページワン何でも博打にしてしまうぐらい好きだった、この「だった」というのはもう何年も賭け事をやっていないからである

ボビー・フィッシャーなる人物がここんとこ新聞TVを賑わしているので調べたら「おもろい!凄い!」のである、チェスの元世界チャンピョンは先日やっと市民権を得て成田からアイスランドへ旅立った

始めに彼が日本にいたことに先ずビックリ、簡単な彼の略歴を探してみた

Robert James Fischer、伝説のチェスプレイヤー、1943年生まれ、アメリカ・イリノイ州シカゴ出身、14歳からチェスの全米選手権で8連覇、1972年には世界選手権の王座につく、冷戦下の中30年の長い世界王者のソ連を破ったとあってアメリカで国民的英雄になった。
1975年のリターンマッチの運営方法をめぐって世界チェス連盟と対立し対局を放棄して姿を消し消息不明に、このときの賞金が15億ほどだったが、彼曰く「私はアメリカのためにチェスをやっているのではない」と発言し今度は総すかんを食らう。

1992年にユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)で、1972年の世界選手権で破ったボリス・スパスキーと再戦して勝利し335万ドルの賞金を得たが、当時アメリカはユーゴスラビアを経済制裁の対象としていたため、起訴され事実上の国外追放処分となり、再び消息不明となっていた、しかしその時の対戦相手も審判も誰も罰せられていない
元世界チャンピオン・スパスキイ氏からブッシュ大統領宛ての手紙がJCAに届き、アメリカ大使館にもって行きました。スパスキイ氏は「もしフィッシャー氏と同じ罪を犯した事になるなら私を捕まえてフィッシャー氏と同じ刑務所の部屋に入れて下さい。そのときはチェスセットを差し入れて下さい。」と書きました。(1992年フランスのミッテラン大統領はスパスキイを罰しませんでした。)
つづく
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# by PUSH-PULL | 2005-03-27 08:36 | ご託&うんちく | Comments(0)

水たまり

b0057679_1134265.jpg虚像
この3月はよく雨が降る、もう桜も咲こうかという季節なのにこの肌寒さは何としたこと、おかげで富山はまた雪が降っている

昨夜銭湯で出会った同じ町内のおっちゃんは明日の花見の話をしていた
「えっ?花見、明日むっちゃ寒いで」「でも早ように決まってるから仕方ないねん」「何人ぐらい集まりはるのん」「そやなあ、ジジババばっかりで五〜六十人ぐらいかな」「すごいようさん集まるねんなあ、でも明日さむいやろなあ」「弁当食べるだけが目的やから」「でもあの公園そんなに桜あったかな」「・・・・?」

大阪の町のど真ん中でも小さいときは近場に沢山水たまりやため池があった、源五郎や訳のわからん小さな魚が泳いでいた、コンクリートやドラム缶の防火用水は夏場になるとボウフラが一杯で蚊の免疫は直ぐに出来る、用水の水の上に薄く油を撒くとボウフラは絶滅するが目的が防火だけに甚だ問題だ
勿論回りの道はほとんど舗装されておらず、風の強い日は家の畳は細かい砂だらけ、足の裏は真っ黒、掃除機もなく座敷箒で掃くのだがなかなか砂は取れない、そこで新聞紙を細かく裂いて水に浸して軽く絞って畳にぶちまけおもむろに箒の登場と相成る

勿論子供達は誰もが日焼けで黒く、今から考えると皆んな薄汚れていたような気がする

冬の水たまりは薄氷り、見つけると我先に走っていき足で踏みつぶす、本当に寒い朝はとんど(たき火)に石を入れ熱くなった頃を見計らって取り出し新聞紙でぐるぐる巻にして懐へ、インスタント懐炉のできあがり、しかし石が熱すぎたり新聞が少なかったりすると直ぐに懐から煙があ〜!

水たまりに映る景色は面白い、切り取られた風景が私の動きに合わせて動き出す、少しでも風が出てくると景色は訳の解らない模様になる

「からころからころから おっと危ないそこは水たまり」確か七変化狸御殿で美空ひばりが道中シーンで唄っていたような気がする
しかしこの程度の水たまりでは水に映る己の姿に見とれて水仙になることはでけんやろなあ・・・
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# by PUSH-PULL | 2005-03-26 11:40 | 写真 | Comments(0)

ライブドア

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マネーゲームの終末
私はサンケイが嫌いである、おぼろげな記憶をたどれば高校時代に理不尽な世の約束事に馬鹿げるぐらい腹を立てた、大学のML研で政治の勉強を始めた頃、産経はあの文化放送から来た「二黒会」(池田勇人支援の会)のメンバーでもあった水野成夫が社長に就任していた、やったことと言えば自民党と財界支援の為の組合つぶしでことごとくリベラルな社員は潰されていった、その後は「正論」や「新しい教科書をつくる会」の出版にかかわるなど、超保守派のお先棒を担ぎ「政財界の御用メディア」になった

その後フジテレビや文化放送、ニッポン放送でフジサンケイグループを結成するが、特定の政党を支援し特定の教科書を出版することは、免許事業でもある公共の行為とは思えず、今になって又ぞろ「公共」なんて言葉が出てくるとはホンマに笑ってしまう

水野は赤字と病気が重なって降板、そして鹿内(しかない)信隆の後に息子で私と同世代の鹿内春男に交代、彼は能力主義を取り入れ組合員(日枝、横澤などなど)を呼び戻し路線を180度転換、それからはお笑いに等に力を入れひょうきん族などで今の興隆の基礎を作った、何で彼のことをよく覚えているかと言えば、同年代でしかも88年に私と同じ病の「ウィルス性肝炎」で43才の若さで死んでしまったからである、同じ病で私より先に死なれると非常に気になるものである

さて話はこれからなのだが、昨日のニュースのあまりのバカバカしさに驚いた、ソフトバンクの系列会社がフジのお助けマンに登場!
あれほどフジの日枝はITをぼろくそに言っていたのにその先駆けたるソフトバンクに頼むとは何事ぞ、と言っても私にとって株話ほど無関係でアホなシステムはない、本来「株」とは新しく創業する会社のための支援であり自分が投資した会社の利益から配当を貰うのが本来の姿なのだ

今の株式は本来の株とは無縁のシステムで投資のための売買であり会社が何を作って売ろうが何の興味もない、「株」そのものは値上がりすれば利潤こそ生まれるがお金以外何も残さない、早い話が右肩上がりでなければ存在しないシステムで平行ならば儲けと損失を差し引きすると必ず手数料のマイナスだけが残されると思うのだが如何だろう?

孫正義(ソン・ジョンウィ)のデビュー時は世界から時代の寵児と持ち上げれ私から見てもまばゆいばかりの存在であった、その時は少しだけ背が高く見えた気がしたが今見るとやっぱりTV向きではない、その後今回のライブドアと同じようにあの好戦的シオニストのマードックと組んで朝日放送の乗っ取りを画策し莫大な利ざやを稼ぎ、きっちりとJスカイBのへの協力を取り付けている

野球騒動の時は面白おかしく堀江の動きに興味を持っていたが、ここに至っては「ああ、やっぱり」だである、この手の人物はイラク侵略や北朝鮮問題はあくまで一つの社会事件として捉えるだけで、人間の本来の生き方なんぞ考えることもなく思考そのものも邪魔なだけであろう、余談だが堤の拘置所での発言には驚かされます(一つも悪いことをしたと思っとらんのだ!)
彼等は儲かることなら何でもやりそうな脳みそを持っているに違いない、後出しとかなんだかとは関係無く勝てばいいわけで、世界最大の金持ちビルゲイツとマックの関係もしかりである

しかし気になるのはソフトバンクが何時も後出しじゃんけんでほとんど無審査で福岡ダイエーを手に入れ今回も最後にホワイトナイトで登場したのは、直ぐに判るであろうが孫氏と財界との裏での繋がりが有ると思われる

それにしてもホワイトナイト(これは白夜ではなく白馬の騎士らしい)だの焦土作戦だの、死語に近い稚拙な言葉が兜町にあるのには驚いた
あかん!株の話はブログに書かないつもりだったのに頭に血が上ったか・・・反省
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# by PUSH-PULL | 2005-03-25 11:41 | カルチャー | Comments(2)

魚眼

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180度
さてこれは何ミリなんだろうか?他人様の作ったレンズを拝借してデジカメのレンズの前に当てて撮影、このレンズは私の参加する酒飲み会(但し会員のごく一部ですが)、もとい!手作りカメラの会の会長の作品である、ニッコール8㎜の円形魚眼用ファインダーを模してドアスコープにシューを取り付けられている

余り広角過ぎてカメラをもつ私の手までがハッキリと映っているのには恐れ入りました、ファインダーとして作られたレンズをカメラに使ったが映った絵を見ると結構面白い、それに広角になればなるほど焦点深度が深くなりピントは合わせが要らなくなる

魚眼とは不思議な世界である、180度広角の範囲で映るので絵が肉眼で見るのとおよそかけ離れているのだが、情報量が圧倒的に多くドアスコープとしては隠れる場所がない

防犯用のカメラレンズもかなり広角だがここまで広げると非常に見にくいので少し控えている、昔々ヨーロッパで防犯用にガラス球を鏡にした珠を部屋に吊していた、何処から進入してきても見えるという訳だが今ではインテリア小物として作られている

勿論fisheyeと言うことだから本当に魚の視角はこんなに広いのだろうか、もしこのまま見えるとしたら大変である静止画なら兎も角動いたら距離感がめちゃくちゃになって、酔いそうになると思うのだが魚が酔っていては始まらない

魚の視力は0.1〜0.2ぐらいらしく、人間と違って水晶体の厚みを換えるのではなく位置を移動してピントを合わせているとか、ハテサテ便利なのか不便なのかよく解らない
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# by PUSH-PULL | 2005-03-24 09:46 | 写真 | Comments(0)

立ち飲み

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ここが?
これは北新地ではない、ミナミの東心斎橋の道路に面したれっきとした立ち飲みである、何処が立ち飲みかというと扉が無く大きな暖簾で出入りし椅子がないからである

立ち飲みとは勿論立って呑むから立ち飲みであって、屋台のように暖簾だけで入っても座ったら座りのみ、寝転がったら横飲み?行儀作法としては甚だ下品な飲食であるが、これはこれでまた一つの文化を生み出している、天満あたりでは「立ち飲みジャーナル」なるミニコミ誌もあるぐらいでそのフレームは広い

立ち飲みとは下町の酒屋さんのカウンター、仕事上がりのおっちゃんが小皿の上のガラスコップになみなみと日本酒を注いで貰う、表面張力で盛り上がったところへ体をかがめ口から迎えに行く「くあ〜っ!」これが正しい立ち飲みである、そして少し呑んだら小皿に溢れた酒をコップに戻す、小さな小皿に入れて貰った塩豆かガラス瓶に入った甘辛いスルメあたりが肴によい

どうも立ち飲みとは「パブ」のことらしい、イタリアでは「バール」で繁華街にはお洒落なお店がいっぱいある、ビールぐらいだとどの国にもあるので注文は出来るが直ぐに話しかけられるのでそれからが大変だがヨーロッパでは立ち飲み立ち食いが日本以上に盛んである

しかしこんな綺麗な女性がいる立ち飲みがあるなんてちょっと信じられないぐらいだ、
東京や福岡あたりでは「角打ち」と言うらしく語源としては升酒の角に口を当てて呑むことから来ているとか・・・しかし大阪では言わない

ここまで書いて申し訳ない話だが私は正統派の立ち飲みよりも、邪道かも知れないがこんな女性がいるお店のほうが良い、立ち飲みの良さは椅子が無い分、2坪もあれは7〜8人も入れすこぶる安心価格なのである、生ビール350円、たまに覗く梅田のヨット界の著名人のお店セブンシーズでは早く行くとビールが100円安くなる、そして梅田高架下辺りには何軒もの立ち飲みがある「北斗」「北海」「樽」「毎日」有名な「サンボア」・・・そして誰もがご存じの串カツ屋がズラリ!

写真で判るようにこのお店はホッピーを始め、サントリー角のハイボールでも何でも作ってくれた、勿論写真はブログに載せる了解を貰ってるのでご心配なく、しかしよう考えたらこのブログに人の正面写真を載せるのは始めてだ、最後に付け加えるが右側の女性はこの店の共同オーナでもある、日替わりでアルバイトの女性がヘルプで入っている、我々が呑んでいると花束を持った女性が入ってきた?と思ったらそのオーナーの敦子さんの誕生日でだそうで別の日の美人の女性が祝いにやってきたというわけ

今や立ち飲みは様変わりしているというか、若者向けのお洒落でリーズナブルな別の文化が芽生えてきているのかも知れない、しかし私には立ち飲みは正直疲れます
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# by PUSH-PULL | 2005-03-23 09:02 | うまいもん | Comments(4)

アートシーン

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スペースとは
思いっきり手ぶれ、ストロボを焚うにもバカチョンデジカメには遠すぎた、昨日日本橋と谷九の間にある「應典院」へ友人の展覧会を見に行った、彼女は真っ赤な糸のインスタレーションの作品だったので撮影は無理、同時に展示していた荒島さんの作品がこれ

應典院(おうてんいん)は変わったお寺で、こういったホールをもつ劇場寺院とかで浄土宗大連寺と言いNPO活動もやっている、以前に維新派の出版パーティーの時に覗いて以来だが、どうもお寺というスペースは落ちつかないのは私の不信心?逆に言えば落ち着く人の気が知れないと言った方が正解かも知れない

勿論近郊に著名な寺があり小学時代から遠足と言えばお寺だった、行っても少しも面白くなく好きになったのが大学で彫刻を勉強し始めてからである、学生にはお寺も親切で普段薄暗いお堂の扉を全開にして明るく拝顔出来たりする、しかし授業の一環で訪れたお寺は新薬師寺の十二神將だったりで時代背景も置かれている像も違う

新しくモダンなお寺が各地に造られ比較的若い住職が文化芸術を語るがイマイチなじめないのである、特に政治問題や宗教問題に至っては問題がある、別にお寺に駐車場を作ろうがホールを設けようがかまわないがね

しかしそのモダンな不気味な建物を自慢するに至っては問題外である、オウムが上九一色村に作ったサティアンに安置?した仏像に至ってはまるで安物の遊園地状態で笑ってしまったが、いっとき世間を騒がせた足裏占い「法の華」の建物に至ってはあまりの豪華さに絶句した「みなさん、最高ですか!」

應典院さんには申し訳ないが(建物はお洒落です、はい)新しい宗教団体の建物は何故ああまで不気味なのであろうか、建物を見たら信心も萎縮すると思うのだがね、金ぴかのバカでかい観音さんを大金を使って作る人も信じられないが、それを見に行く人が多く観光として成り立っているのはいよいよもって末世である
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# by PUSH-PULL | 2005-03-22 09:46 | アート・デザイン | Comments(0)

オウムの続き

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SARIN
別名Methyphosphonofluoridic asid l-methyl-ethyl esterと書くらしい、余り化学の方は詳しくないのでネットで調べてみた、以外とオウム関連のページがたくあるのには驚いたが
松本サリン事件の河野さんの誤認逮捕の原因として、神奈川大学の常石教授の「農薬から簡単に合成出来る」という発言が混乱させたと言う文を見つけた

よく読めばこの教授の肩書きが経済経営学部、もっと驚くのは彼のネタ元が「農薬からサリンを合成したと言う小説を読んだ」と言うこと、「誰かが神経ガスを撒いた」と言ったところまでは良かったのだが、農薬からはまずサリンは作れないと聞く、こんな程度なのに何故警察は信じNHKはかれの特番まで組んだのだろう?不思議でならない、話題になった除草剤のスミチオンぐらいなら私の家に今もある

先日から連日新聞で「オウム問題」の特集が組まれていた
山折哲雄氏は、オウム以後はっとするような犯罪や事件が続発していいる、そしてそれらは性格が異なっているように見えて、同じ根っ子から発生した双子ではないか、しかし事件が起きても動機や社会的影響、人格診断は行われても、肝心の悪の根っ子の部分を誰も語らない、そこには日本の浅薄な悪人成仏論の影響があるのでは

北田暁大氏は、事件以後の管理社会とリスク社会への危惧、そして「没入的アイロニー」の広がりで「本気ではなく、冗談としてコミットしている」、左翼・右翼のイデオロギー構造が崩壊した後の超イデオロギーとして没入的アイロニーがある、しかし今こそオウムは語らねばならない

桐野夏生さんは、地下鉄サリン以後人々は「公」に不信を抱き始めた、教育では公立ではなく私学へ、警察や役所レベルの無能さ、この反動として国家主義、民族主義の煽動という形でいくつかの法案が成立、しかし民族主義の末路は見えていて、世界は未曾有の混乱期に入りつつあり、日本では地下鉄サリン事件が発端だった、スパーフリークを始め矮小な集団に直撃された傷みと屈辱は大きい

オウム擁護でバッシングされた宗教学者の島田裕巳氏は、オウムを一定評価しながらも彼等が無差別テロを実行するまで予測出来なかったことを反省、脱会を申し出た田口修三さんをリンチで殺害した後に殺人を肯定する「ポア」が説法され「ヴァジラヤーナ」というグルに絶対帰依が語られている
組織が嫌でオウムに入ったケースが多く、修行はするが教団に意図的に関わっていなく生活にリアリティーがない、その後広がったフリーター、ニート達は「組織にはいると人生が終わってしまう」と思いすぎている

これらの話が私にとって色々と考えるきっかけになることを・・・・
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# by PUSH-PULL | 2005-03-21 10:15 | ご託&うんちく | Comments(0)

空中浮遊

b0057679_11233368.jpg遊体離脱
国際会議場、別名グランキューブ大阪と呼ばれているがほとんどの人は知らない、設計は大阪万博時代一世を風靡した黒川紀章である、建物としてはなかなか面白く6本のコアとなる柱で床が吊されている構造で建設の始めからずっと見ていた、朝早く国道沿いに止められた何台もの超大型トラックに積まれた鉄骨の巨大な柱はそばで見ると壮観でもあった

いざ利用と言う段になると甚だ問題で、イベントが終わったら1階まで直ぐおりてこられないとか、搬入口にトラックが1台しか停まれないとか、公共施設にありがちな問題が山積みでもある

太陽がまるで魂が抜けるがごとく遊体離脱しているように見えた、今日で地下鉄サリン事件も10年が経つ、何ともはや嫌などドロドロした事件で未だに解決されていない、弁護士一家殺人に始まって松本サリンへと続いていった、警察の誤認逮捕や余りにもお粗末な捜査が続いたが、最終的には松本逮捕

私にとってもう一つの事件の阪神淡路大震災は体にハッキリと感覚が刻み込まれ未だに抜けきらずにいる、直ぐ後にこのサリン事件が起きた1995年はすざましい1年でもあった
オームの問題は何度考えても理解の出来ない問題のひとつである、理で叶わぬ問題に対し松本は何らかの解決策を提示したのだろうか?一流大学を出た切れ者が続々と入信したのはやはり学問で解決出来ない個人の救済を彼は為し得たのだろうか?
各仏教やキリスト教など既存の宗教団体にない魅力と理論があったに違いない

誰しも一度は自然現象を越えたモノに憧れるときがある、オカルトを始め、テレパシーやテレポート、勿論遊体離脱や空中浮遊、身近な所では占いもその範疇に入るであろう、試験勉強を始め家族のいざこざなど直ぐに解決出来問題が起きると頭は必然的に、イージーな透視や透明人間などろくでもない超能力に走る
だがそれはそれでいい、問題は人間は何故人を殺めてはいけないかと言う大命題の答えを持っていないからである、個人がダメでも集団なら許されるのか?侵略という名の殺人が今日もイラクで行われている

人はダメでも動物なら許されるのか?問題ははてしなく続き、今日も耳鳴りが続く私の頭の中を駆けめぐっている
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# by PUSH-PULL | 2005-03-20 11:36 | ご託&うんちく | Comments(1)

車椅子

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介護って
我が犬々の先輩格に当たるマックちゃんである、10才頃から足が悪くなり後両足を引きずるように歩いていたが昨年秋ついに犬用車椅子を作った

ネットで見つけアメリカのサイトで特注したとか、かなり高額だがそれだけのことはある、犬に合わせてフレームをスライドさせたり微妙にサイズを合わせることが出来る、タイヤも軟質ゴムで作られ勿論パンクはしない、丁度体を太いゴムチューブでくるむように取り付けそこで下半身を支えるように出来ている
ネジ類もピンを差し込むだけで固定出来簡単に装着出来る

もう確か14才を越えていると思うのだが童顔で抜け毛もない、少し目やけしているがいつも元気に公園を散歩する、歩くのは犬々よりも速いぐらいで公園の一周500メーターの舗装されたランニングコースが好きで、飼い主が用を足さそうと植え込みの近くに連れて行くのだが直ぐに歩きやすいコースへ戻ってくるのが何とも言えません

我が犬々はマックが近寄ってくると車椅子に乗っているにもかかわらず怒るのだけは今も変わらない、同じシーズでもこんなに性格が違うと少々情けなくなる、別名犬々のことを「きけん犬」というのも判らぬでない

つい最近まで車椅子を購入する時は十万以上に補助が出ていたため、クソ重たい鉄の車椅子がどれも十万以上の高額で、私の乗っているMBやロードレーサーに比べても比較出来ないくらい質が悪く重たかった!ロット的にも私の自転車よりは遙かに多いはずなのだがね

最近は規約が変わったのか数万円の安い車椅子が出回り今までの金額は何だったのか、しかし個人個人居合わせて椅子をほとんど調整出来ず(特注である程度まで出来るが非常に高い!)結局低発泡の座布団や背もたれを置いて調整することになる、特に老人の場合は自己主張がほとんど無いため、見るからに買い与えのひどい車椅子に乗せられている

自転車メーカーの車椅子もあるがやはり高い、市販されている車椅子は大変重く車に乗せるだけでも大変で、ましてやそこに人が乗っているとなると階段の上げ下ろしも四人係となる、車椅子でも自転車でも乗ってみると判るが、軽くて良い製品は驚くほど操作が楽で疲れない、車椅子生活の人ほど利用出来るようにしなければならないはずなのになあ

世界に誇る我が自転車メーカーが取り組んだら、個人に合わせ素晴らしいギア付きや充電式や軽くて安全なアルミ製の車椅子が直ぐにでも出来ると思うが、そこが日本の厚生省なかなか補助も出さず認可も下ろさないのであろう・・・いつまでも弱者は置き去りにされている
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# by PUSH-PULL | 2005-03-19 10:57 | ご託&うんちく | Comments(0)

ブランコ

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只今点検中
と言いながらすでにこの四月で1年が過ぎようとしている、巻き上げておけば確かに事故は無かろうがこの悠長さはなんなんだろう

昨年ボルトが外れ子供の事故が相次いだ、ブランコで骨折、市の管理下だけで500以上の公園があり2000以上のブランコがあるらしい、巻き上げる作業も大変だが、そのままとは
先日ニュースで新しく外れにくいボルトを考え順次交換していくらしいが終わるのはいつになるのか

毎日の日課の犬の散歩で見る公園のブランコだがすごく惨めな風景である、高槻などでは危ない遊具の大半を撤去したとかでこれはもう処理能力ゼロに近い

大阪市の職員は人口比率全国一多いらしく、大阪より人口の多い横浜の倍も職員がいるとかでまさに役人天国、今日も朝刊で大阪市の職員厚遇問題でヤミ年金などの変換を求め358億もの監査請求を「見張り番」が起こした、行政と組合が癒着したらもうこれはどうしようもない、浄化する組織が存在しないのだからなあ
毎週毎週次から次へと不法支出がボロボロと出てくると税金を払うのが馬鹿らしくなります、市役所の建物に始めて入ったときはあまりの豪華さにちょっと引いたモノだが、やっぱりなあ!

これだけの職員を抱えてもブランコは1年間も放置されている
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# by PUSH-PULL | 2005-03-18 14:59 | 写真 | Comments(0)

言葉の力

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今は三日月なのでこの写真は以前に写した私のデジカメライブラリー(そんな上品なモノではないし、ほとんど未整理)より選びました

仕事の帰り道、何も意味のない風景がやけに気になり「チッ!」
もしカメラが1眼レフなら「バチャ」フォーカルプレーンシャッターのバルナック型ライカなら「ツチャ」、レンズシャッターのレチナなら「クチュ」私のカメラ仲間の達人になるとシャッターをカラ押しするだけでカメラのシャッター具合を診断する、勿論大体のシャッター速度の狂いも見分けるので驚かされることがある

何でもない空の何でもない広がりが変に哀愁を感じたり、郷愁を感じることがある

友人のM谷より辺見庸氏のメールが転送されてきた、最初に「もの食う人々」に出会ったときの印象は今でも忘れていない、同世代にこんなに強く生きている男がいたことに感動!
それ以後彼の発信する文章にはいつも注意して読んできたが、世の政に惑わされること無くいつも真っ直ぐ発言している

昨年講演中に脳出血で倒れて以後の闘病生活、何とか社会復帰出来るようになったとかで嬉しい限りです、今度は小説を書かれるとかで今から読むのが楽しみである
体にはまだ後遺症が残っていてリハビリ中、キーボード操作も以前の十分の一の早さでメールが書かれている

無断だがメールの一部を転載します
「前略・・・一方、この数年来私がしたため、かつ申し述べてきたことがらを再びなぞる気はございません。しかし、同時に、かつて私がしたため、主張してきたことがらにつきましては、いうまでもなく、一言半句たりとも修正や撤回の要を感じていないことも付言いたします。よしんば、私の認識が間違いだと世人の全員に指弾されても・・・。
 死の谷の深さと暗さは、あらかじめ定まってあるのではなく、そこに墜ちることになっている者の想像力の深さと暗さによって決められる。そして、言葉と言葉の間には、視えない無数の屍が埋まっている・・・と、昨年来考えつづけてまいりました。・・・後略」
ただただ、すごい
こんなだらけた世の中で、常にまともなことを過激に発言してくれる数少ない一人である
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# by PUSH-PULL | 2005-03-17 10:18 | 写真 | Comments(2)

ハングル

b0057679_973520.jpg消臭剤
ハングル(ハングル語とは言わない)は一度も勉強したことがないので皆目分からないのだが、色とか形から何となく消臭剤の「ファブリーズ」だと思うのだが?

普段この手の商品を買ったことがないので何となくである、貰い物の又そのお下がりなので何処の会社から流れてきたのかは知らない、良く海外の土産で日本語以外の日本の商品を持ち帰るがこの手の物を買う人はいないので、これはあくまで日本の韓国向け輸出商品に違いない

ここ1年の韓流ブームは何なんだろう、「冬ソナ」も見なかったし最初は何と読むか知らなかったが、今や露出の多さにいつの間にか世の中全員が「はんりゅう」と読んでいるのがすごい
韓国語を話すタレントが続々出てきたのもすごいが、韓国の若手アイドルがすらすらと日本語を話せるのには並々ならぬ語学勉強があるのだろうし、如何にマーケットの問題とは言え頭が下がる、やはり行動力は日本以上のパワーを感じる

今日本で海外で活躍していると言えば、野球とサッカーぐらいしかないのは少々情けない、歌手とか映画で出て行って活躍して貰いたい物である、まさに内弁慶!

学生時代に日韓問題にほんの少し首を突っ込んでいた時代があった、丁度その頃は李承晩大統領時代で李ラインなどと言うとんでもない領海線があった、そう言ったの独裁政治体制の韓国が好きになれなかった、その後金大中以後比較的穏健派がトップに座っているが未だに徴兵制度があり、イラクにはアメリカ・イギリスに次いで多人数の軍隊を派兵しているのも事実である
一方、金日成(キムイルソン)に憧れ一部の若者がハイジャックまでして北朝鮮に入国したのも事実である

この徴兵制度の存在は、良い意味でも悪い意味でも日本の若者とは決定的な思想の差を生みだしているのだが、あなたは徴兵制度のある生活を想定出来ますか?

ハングルはエスペラントと並ぶ世界最高の言語とも言われ、五百年前に作られた言語としては比較的新しいのである、元々は日本や中国と同じように漢字を使っていたのであるが、時の王の世宗(セジョン)大王が言葉まで代えてしまったとは恐れ入ります、縦書きも横書きも出来るのもすごい
濁音の表記はないが、こと発音に関してはハングルの方が豊富だそうで勉強するときには頭を悩ましそう
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# by PUSH-PULL | 2005-03-16 09:18 | ご託&うんちく | Comments(5)

アメリカ村

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訃報
新聞の片隅の記事を見て驚いた、直接の知り合いというわけではないが私がまさにミナミで徘徊していた頃のよく行ったお店のオーナである
彼女のこと良く知らなくてもアメリカ村と南堀江のことはよくご存じだと思います

70年代の喫茶「LOOP」は丁度三角公園の直ぐ側にあり、モデルが集まるというその一言でしばしば覗いていた、ちょっとハイカラで私には取っ付きにくい所もあったが期待感で胸がいっぱいだったような記憶がある、一緒に行っていたのが今や著名人になった感のある坂井君だった(車のBe1やCamedia C-1のコンセプターでもある)

そして78年に出来た「PALMS(パームス)」は明け方までやっていたのでミナミのスナックで呑んだ後にただただ友達と喋るために長居をしたお店である、丁度四つ橋筋に面した広くてオープンなレイアウトで足踏み式のミシン台をテーブルにしたりとお洒落心が一杯で、いつも京都から遊びに来ていたG里さん達が一緒だった
上にバーとディスコをオープンさせアダルトなお店に仕立てていたが、もっぱら一階の喫茶専門だった・・・
b0057679_9261677.jpgアメ村の主というか作り上げた張本人、そして南堀江ブームの火付け役の彼女のことを詳しくは知らないが、ただ私の70〜80年代には何故か彼女のスペースがよく絡んでいるのです、
ミナミで遊ぶと言えばアメ村は欠かせない、最初はポツポツとしか店はなかったがその後の進化には目を見張る物がある、どんどん年齢層も下がってしまい遙か昔に私とは縁のない街になってしまった(最近は少々柄が悪すぎる)
しかし今でもパームスでの色々な人との出会いは沢山想い出されます
(注記;左の写真はHPより転載しました)

合掌
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# by PUSH-PULL | 2005-03-15 09:28 | カルチャー | Comments(0)

きりっとカメラ目線ののらら


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