<   2009年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

よろがわ

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<八百八分の八十一橋>
やっと「淀川大橋」、最初からシリーズで橋の話を書くつもりだったらこの橋から始めていただろう、それぐらい書き始めはまさかこんなに書くとは思っていなかったのだ

ところが実際に橋を渡り写真を撮るとこれが意外と面白いのである、生活の中にあって橋そのものの存在感が興味深く何で今まで気付かなかったのか不思議なぐらいである

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今までアップしてきた80個の橋の特徴は川そのものが、川と言うより人工の運河のスタイルなのだ、その証が水に触れることが出来ないのである、大阪にあって淀川や大和川は川で、つまり川原があり水遊びをすることが出来るのである

我が家の犬々がまだ1才になるかならないぐらいの頃、休みの日にはチャリのかごに乗せて淀川までよく遊びに来ていた、水辺で遊んでいると何を思ったのか確かめもせず水の中へずんずんと入って行くではないか

少々ビックリしたが、体の半分ぐらいまで浸かったところでグルリとUターンし岸に戻ってきたのである、そしておもむろに体をフルって水をはじき飛ばした、私は思いっきり笑ってしまった思い出があるのだ
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小中学校は淀川で遊ぶことが禁止されていたが、禁止されるとよけいに遊びたくなると言うわけでよく遊びに行っていたが何年かに一度は溺れる人がいたのも事実である

大人になってからはやはり釣り、デザイン事務所時代は休日と言えばシーズンには毎週釣りに来ていた、大橋の上からは出世魚のセイゴ → ハネ → スズキ

b0057679_8303187.jpg私はハネ止まりだったが友人のM谷は70センチのスズキを上げたことがある、もちろん橋の上には上げることが出来ず竿に魚を釣ったままで川岸まで連れて行き取り込むことが出来たのである、常連の釣り人は直径1mぐらいの長いロープのついた網を用意しているぐらいなのだ

私の一番は30センチ強のチヌ!もちろん家までチャリでぶっ飛ばして帰ったのは言うもでもない

秋の季節はやっぱり岸辺からのハゼ釣りが面白い、ウキでつると川原から近いのでシンコと呼ばれる1年物が多いが、チヌ竿で小さなスピニングリールと中通しのぶっ込み釣りをすると、面白いようにフルセと呼ばれる2年物の大きいハゼがよく釣れた

淀川大橋からもう少し河口よりでは、サヨリ・カレイが型は小さいが時々釣れました、私はキャッチ&イートなので淀川といえど殆ど食しております

嬉しいことに橋のたもとには昔からある釣り道具屋さんがちゃんと今も営業しておりました、この日は橋の上での釣り人を一人も見かけなかったのだが、川原の方はチラホラ竿を出す人を見かけたのでとりあえず一安心なのであります

淀川大橋の前身は新淀川の河川工事が行われたときに架けられた「西成大橋」(明治41年)、西成大橋は幅が4〜6mしか無かったので大正15年に751mもある現在の規模の淀川大橋に架け替えられたのである
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by PUSH-PULL | 2009-04-30 08:44 | 写真 | Comments(0)
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動物観察
兵庫王寺動物園で見たことのあるパンダ、大昔に上野動物園に中国から渡来したときは国を挙げての大騒ぎで、お江戸は大変だったと聞いております

ここで言うパンダとはジャイアントパンダのことで、別名「白黒熊」「熊猫」「大熊猫」とも言われる、竹を主食にしているがどうも氷河期の気候変化の食糧不足でなったとも言われていて、僅かながら肉も食べる特徴も残っているとか

熊かアライグマか分類論争が長引いたのだが(結局ジャイアントパンダ科)、実は他のクマ科の動物と違って冬眠しないのであります、去年に上野のパンダが死んだので日本の所有するパンダは1頭も存在しないとは知りませんでした、現在は中国から借りているパンダが先に書いた王子と白浜の関西だけにいるって知ってましたか?と言うことは東京の人はすぐに見られないと言うことなのだ

b0057679_851373.jpg動物園のパンダの動きはとてもユーモラスで可愛いのだが、顔だけ見ているとかなりきついと言うか意地悪な顔をしております、あの特徴のある黒色の隈取りの中の眼が怖いのだ

てな話ではなくて、今日は近くのゴミ置き場に置かれたまま引き取り手もなくずっと座り続けている樹脂製のパンダ、大きさから言ってお金を入れて動く幼児用の遊具の人形ではないかと思われる、以前色々なところでこの手の乗り物を見かけたが、今は殆ど液晶モニターとサウンド付きの大きな遊具に変わってしまっている

もう一つは正蓮寺川あたりの散策で見つけた高架下の幅3mほどのペイント、万里の長城も最近の測量によって距離が伸びたらしいが今まで正式な測量をしていなかったと言うからおおらかである、空撮と衛星を使えば一発に数字は出るのだが・・・

絵の方は万里の長城とパンダとシャクヤクらしい花と遠景の山並みと湖、何とも言えない大胆な構図なのだが結構描き込まれているところがちょっと真似が出来ない、これが上手いかどうかのコメントは控えるが、こうしてみると大きな絵を描くと言うことはいかに難しいかと言うことだけが判りました

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<八百八分の八十橋>実は橋ネタが少し前になくなっていた、残った写真を探してアップ、おかげで方角が行ったりこちらへ行ったり、しかしそれもなくなった

歩いていける最後の橋へ、今朝の散歩はいつもと方角が百八十度違う北北西に進路をとった、わたしのホームブリッジは淀川である、校区が淀川に隣接していることもあり何かあれば淀川まで出かけ遊んでいたからである、淀川と言えば淀川大橋なのだが、今は埋め立てられてしまったが淀川のすぐ南に平行して運河があり、そこに架かる橋が「淀川小橋」

そういえばガキの頃この運河に橋の上から餌を入れたガラス瓶を流し、イタセンバラならぬカラフルなタナゴを捕り家の水槽に離していた、しかし子供にしたら高価な戻りのついたガラス瓶は誰のだったのか記憶がない
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小橋といえど大橋以上に親柱が立派で川幅10メーター程の川なのにと思うのだが、これは大橋に合わせてデザインされたのだろう

右の漢字の方の親柱を撮影したかったのだが、祭日の朝早くから淀川の橋の上でネズミ獲り、帽子を被ったおっチャンが机を置き親柱にこっそりと隠れていたのだ、車にしたら迷惑この上ない話だが親柱撮影隊にしても迷惑な話なのだ、写っている黄色のタクシーも止められていた、さらにその前にも4,5台違反車が・・・

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by PUSH-PULL | 2009-04-29 09:19 | 写真 | Comments(2)

日常的行為

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男という者はってか
毎朝橋渡りをしていると色々な場所で見知らぬ光景に出会ったり、色々と面白い人に出会ったりもする、今日の光景はどちらも午前7時台のお話です

その1,新しくリニューアルされつつある堂島川の遊歩道、ブランド物の斜めラインの入ったランニングタイツを穿いたおっチャンを時々見かける、最初は通りすがりに植え込み雑草を抜いていたのだが暫くすると服装がランニングスタイルに作業服要素が入り出した、さらに軍手・剪定ばさみ・小さな熊手、ゴミ袋持参で植え込みの観葉植物を勝手に剪定しだしせっせと雑草を片っ端から抜いているのである

もちろん許可無く公園や遊歩道の草木や街路樹を切るのは条例違反なのだが、彼が手をしたところだけモノの見事な植え込みになっていったのである、すぐ横の植え込みは雑草だらけでせっかく植えた観葉植物が見えなくなっている、ということは管理者はこうした植栽をした場合同じぐらいの手入れをしないとダメと言うことになる

人工の植林及び公園はずっと手入れしない限りすぐに憐れな姿と化すわけなんよねえ〜

その2,毎朝このビルの前を通ると朝から凄い音がする、彼はエンジン付きの箒ならぬブロアーで道を清掃?しているのである、つまりこっちのゴミをあっちへ、あっちの枯れ葉をそっちへ移動、ゴミは目の前から姿を消すわけだがゴミそのものは同じ道路上を移動するだけ、彼はもちろん箒もチリ取りも、むろんゴミ袋も準備していない

果たしてこれは掃除なのだろうか?隣の家や車道にしたらはた迷惑な話で、おまけに隣の動物病院の毎朝日なたぼっこに出てくるケージの中の雄鳥が、ブロアーの騒音に反応し必ず声たからかに都会では珍しい「コケコッコ〜〜〜〜!」と絶叫するのである

以前このブログの書いたことのある近くの家の、真冬でも雨上がりでも家の前をホースで散水しながらゴミを車道にや横っちょに流すおばちゃんとほぼ同じ行為なのである

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<八百八分の七十九橋>久しぶりの川のない橋「長堀橋」、月に一度のカメラの例会の時に地下鉄堺筋線の長堀橋駅を利用しているのだが橋としての認識は一切無い、写真は堺筋の一つ北側の横断歩道から撮った

長堀川は東横堀川の末吉橋の所から分かれた支流で、西へ流れ木津川に流れ込む川、もちろん長堀川を知らないわけで、まさか交差点に長堀橋の碑が残っていたことも知りませんでした

下の古い写真を(「大阪の橋」より転載)見て貰うと判るように、明治45年に完成した橋は鋳鉄の円柱を橋脚にしたパイルベイン式でモダーンで非常に美しいフォルムである、今時の愛想もない橋とはエライ違いである、ちゅうてもパイルベインが何者かまるっきり判っておりません

長堀橋は長堀にかけられた一番古い橋だと言うから凄い、もちろん昨日の鴫野橋と同じ公儀橋の一つ、長堀川に架かる橋では、心斎橋・四つ橋と並んで誰でも知っている名前かもしれません、だからこそこうして碑が残っているのかも

写真を見て気づいたのだがこの時代は大型のボックスカメラ、フィルムはガラスの乾板のはず、しかも珍しくパノラマの横長レイアウトはトリミングしたと思われる、西隣のもちろん今は存在しない「ふじなか橋」の上にでっかい三脚を据え、市電が来るのを待って撮影したと思われる、人の多さと川面に浮かぶ舟の数にビックリします
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by PUSH-PULL | 2009-04-28 08:56 | ご託&うんちく | Comments(0)

山菜・・・そのつづき

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今度は煮物です
昨日は揚げ物と和え物でしたので、お次は煮物

実は広告業の友達から出汁の素のサンプルを一杯貰っていた、最近の出汁の素はへたに一から作るより上手いから困ってしまう、しかし成分をよく見ないと添加物満載の商品が多いので注意されたし、常食していると色々と出て参ります

昨日登場しなかったワラビは沸騰したお湯に灰と一緒に入れ火を止めて灰汁抜きする、そして久しぶりの干したゼンマイはかなり手間が掛かるのだが、これも沸騰したお湯に入れ火を止め半日寝かす、水を捨て新しい水で今度は煮る、後は水洗いしてお終いなのだがゼンマイ独特の風味が苦手な人はこれを繰り返す

ゼンマイと言うのは少々を火を通しても何とも言えない食感が消えずに残っているところが立派で、完全な保存食として伝えられてきた

お湯に出汁の素とみりんと醤油、これでは料理と呼べる物ではないかもしれませんね(笑)、そこに先のワラビとゼンマイに大阪ではまず見かけないオオバギボウシ、彩りにスーパーで買ってきたちくわとお揚げさん、ごく薄味で調理したのだがそれぞれが上手く絡み合って大変美味しく芋焼酎も喜んでおります、残るはイタドリですが塩漬けに時間が掛かるので食べられるのは暫く先になりそうです

下の写真は土佐堀川の昔の「端建藏橋」の杭、宮本輝の「泥の川」に出てくるのだが、そのころはこの杭の橋がまだ架かっていたわけで色々と考えさられる、通るたびに確認しております
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<八百八分の七十八橋>昨日の弁天橋は第二寝屋川でお次が寝屋川の「鴫野橋(しぎのばし)」、暗くなっても私はまずストロボを焚かないので写真がぶれてしまった、もっともバカデジのような小さなカメラのストロボは3mちょっとしか飛ばないから少し離れると意味をなさない

橋を北へ渡るとすぐにJR環状線と東西線、そして京阪の京橋駅がある、そして橋の北詰側は「赤い灯青い灯 ともる町角」であります、調べて知ったのですが江戸時代の大阪八百八橋に公儀橋が12あるのですが、鴫野橋が入っております

しかし規模からも場所からもかっての鴫野橋は、現在の第2寝屋川の最後に架かっている大阪城のすぐ北にある新鴫野橋を指すと思われます、しかし紛らわしいなあ〜
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by PUSH-PULL | 2009-04-27 09:06 | うまいもん | Comments(4)

極上レシピ

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山菜の襲来
昨日突然久利須村から山菜が飛んできた、イタドリ(すかんぽ)・わらび・せんな(葉わさび)・モミジガサ・タラの芽・コシアブラ・菜花・オオバギボウシ(うるい)・乾燥ゼンマイ

・早速イタドリは皮を剥いで塩漬け、これは塩でイタドリの灰汁を時間をかけて抜いてから豚肉など料理をするとめちゃ上手い
・ワラビはお湯を沸騰させ灰とワラビを入れてすぐに火を止めそのまんま灰汁抜き
・せんなは今回は湯をかけず、砂糖と塩で揉んでから酢醤油付け
・モミジガサはさっと熱湯をくぐらせてお浸し、これは一度食べたら間違いなくはまります
・菜花とオオバギボウシはまだ調理をしておりませんが、菜花はさっと茹でてサラダ感覚で、オオバギボウシはワラビやゼンマイなどと一緒にあっさりと煮付ける予定

そこでメインディッシュは天ぷら、山菜の王様「タラの芽」と女王「コシアブラ」をそろって戴くことができまことに幸せ、盛りつけの賑やかし安いエビ2尾、タラの芽は味噌ヨゴシでも戴きました、写真の中で書いていなかったのは残り物は小松菜とヒジキのしろあえ

日常的なお食事はレシピ無しで調理できるが、いまいち満足に出来ないのが天ぷらとだし巻き玉子、天ぷらも小麦粉はあまりかき混ぜないで、冷水または氷を入れて溶くなどと色々な知識は入っているのだが、買い置きしていた天ぷら粉を使うとモノの見事に不細工な仕上がりになってしまいましたが味はヨロシイ、頭の中ではサクサクにはじけた専門店の天ぷらが出来上がっていたのですが、反省しております

<八百八分の七十七橋>突然ですが少し前に大阪城公園駅で下車したときに撮影した「弁天橋」、私はどこに出かけるにも必ずデジカメを忍ばせているのだが、橋話を書き出してからどこに行っても橋を見ると無意識にバッグの中のカメラを探すようになってしまっていた、怖〜

西に弁天町という駅があるがここは丁度反対側、川は第2寝屋川で交野市の生駒山を源流としているのだがもちろん行ったことも見たこともない、少し下ると大阪城ホールがありすぐ先で寝屋川と合流しすぐに大川へ入り込む

しかしどこをどう見ても橋に見えません、橋を京橋側に渡った所にすぐ下りる道があり、さらにJRのガードをくぐると色々なお店が、さらに進んでいくと京橋色に染まり始めます

以前東横堀川の水門を話を書いたとき、寝屋川の汚い水を道頓堀川に入れない目的もあると書いたが、調べていてやっと理解できました、寝屋川は大阪湾から20kmも入った生駒山の麓まで感潮区間で非常に制御が難しいらしい、つまりほとんど水平と言うことで水が流れないのである

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by PUSH-PULL | 2009-04-26 09:33 | うまいもん | Comments(3)

橋の展望台

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<八百八分の七十六橋 後編>
ゆっくりと「此花大橋」を愛車で上っていくとどんどんと開けてくる、一番上とおぼしきところで自転車を止め撮影したのが上の写真で、正蓮寺川に架かる湾岸線の「正蓮寺大橋」もちろん高速道路用なので人はおろか自転車もダメ

まさにこの場所は無料展望台で車だと停車不能、しかし往復で1.4kmもあるのでもちろん徒歩の人は最初から最後まで出会わず見たのは自転車1台のみ

反対車線だと真正面に南港のWCTなどを見ることが出来る、中でも海に浮かぶ多面体の「海の時空館」目立っている、この橋の西側のJCTのすぐ傍にUSJがあります、調べて驚いたのが此花大橋は1本ケーブルの吊橋では世界で一番長いとは知りませんでした、橋長が540mなのだが「はしちょう」「きょうちょう」?かしら

2枚目の写真はネットから転載した此花橋で南側のどこから撮したんやろ?
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さらにさらに、東側の上りは緩やかな傾斜だったのだがなんと下りはよくビルの駐車場などで見かけるループなのであります、しかし道路幅は2m弱でスピードはもってのほか、カーブもRになっているがほぼ直角でほとんどブレーキをかけっぱなしで、それでも乗ったまま下まで降りてきましたがまさに遊園地気分でありました

思い出したのは中之島の一番東の「天神橋」のちょうどど真ん中に中之島に降りる円形のループ状スロープがある、「自転車は降りて押してください」と書かれているのだが、人がいないときは乗ったままぐるぐると回りながら降りるのが快感、よく似ているのだがこちらは高さも長さも桁違いで回る回数も多いのであります

地上に降りてから北港JCTを撮したがかなり絵としても土迫力、全部がまさに鉄の積み木の創造物であります

安治川から支流に入り六軒屋川から正蓮寺川、さらに北港、舞洲の周回コースはこれでお終い、お次はどちらに出かけようかなあ〜、南へ下がって埋め立て地のでっかい橋を渡るか、それとも誰も知らないちっこい橋を探して歩くか・・・

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by PUSH-PULL | 2009-04-25 08:24 | 写真 | Comments(2)
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ゴミ処理場
舞洲のゴミ処理場の正式名称は「大阪市環境事業局舞洲工場」という、問題になったデザインはオーストリア・ウィーンの芸術家フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーさん

常吉大橋を渡ったところにあるのがゴミ処理場で、最新の高性能焼却炉が据え付けられていて超高熱で不燃物も可燃物も無差別焼却、おかげで大阪市のゴミの分別はほとんど無く、やっとこさリサイクル関係だけ分別されたがゴミそのものは全部焼却、他府県から見たら驚くようなシステムなのだが扱う地域は私の住む福島区と此花区らしい、600億もかけてほんまかいな?(写真1枚目)

南側の此花大橋の所にあるのが同じフンデルトヴァッサーがデザインした舞洲スラッジセンター(汚泥集中処理場)で、こちらの建造費は800億(写真2,3枚目)

b0057679_828980.jpg初めて傍で見て驚いた、面白くて楽しいのである、小さければ遊園地の遊具ぐらいにしか思わないだろうがこの巨大なスケールでおもちゃ箱のような宮殿を造られるとそこには別の意志が働いてくる、色遣いが何処かで見た記憶があるので調べたら、オープンの時に仕事をしたことのある天満の「キッズプラザ」も彼の作品だった(左はオーストリアの住宅)

日本に彼の建築作品が3つあるのだがすべて大阪というところが何故か納得できる、東京で次々と建てられるコンクリートとガラスのモダーンで無機質な建築とは対極に位置するのではないだろうか

税金の無駄遣いと建築そのものを否定する発言が多く見受けられるが、実際に目の当たりにするとそのレベルの作品でない、調べて判ったのだが彼の建築コンセプトはフォルム的にはガウディを連想させるが、明らかに環境という物を想起させるフォルムが多く自然と共存しようとする意志がある

残念ながら彼は`00年にすでに亡くなっていて、この舞洲工場は彼が亡くなった後に`01〜`04年に竣工されていました、下はウィーンにある集合住宅(ネットより転載)

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「ゴミ処理場如きに派手なデザインで装飾に莫大な費用」と言うあたりがこの建造物の非難論旨になっていて、テレビや活字で何度もぼろくそにこき下ろされてきた、私自身もこの建築物に関しては実物を見るまでは半信半疑だったが実際に見ると大違いで楽しい建築なのである、一度見学しようと思っているだがどうも団体優先らしい

確かに公共建築物と費用については税金を使うだけに難しい物があります、だからと言ってゴミ焼却場の姿がパイプむき出しだったり町工場のようなデザインを無視した姿であることにもやはり問題で、もう一度公共物の建築とデザインについて考え直す必要があるのでは

<八百八分の七十六橋の前編>「此花大橋」を自転車で渡れるとは・・・、舞洲と此花区北港を結ぶなんと全長1700mもある大橋で、写真を見ても判るがなんと長いスロープか、進むのをためらうぐらいの光景である、しかしその先には素晴らしい光景が待ち受けていました、まさに遊園地気分

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by PUSH-PULL | 2009-04-24 08:36 | 写真 | Comments(2)

ハーバーから舞洲へ

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渡り初め
正蓮寺川の水門の先に湾岸線の正蓮寺大橋が架かっているがもちろん自転車は通行止め、先に進むとヨットハーバーがあるが来るのは十数年ぶりではないだろうか

淀川の左岸の河口に北港ヨットハーバーがある、以前はポタリングの目的地として休みの日によく遊びに来ていた、私は艇を淡輪に置いていたが友人がこのハーバーに置いていてときどき遊びに来ていた、現在はどのヨットハーバーも経営が大変で以前は艇を置くのに数ヶ月待ちがざらだったのに今はごらんのような光景である

よく考えると北港という名の「港」はどこ指すのだろう、埋め立て地に係留する場所は所々にあるが大型船舶用の係留場所は見あたらないのだが・・・まさかハーバーだけで港と命名するわけは無い

ハーバーの写真は橋の途中から撮影したのだが人気がない、元船乗りとして寂しい限り、お金さえかからなければ一番素晴らしいスポーツ&レジャーだと思っている、ヨットでの旅は自分というモノを山と違って観点から見つめさせる、時化の時の操船はリアルに「死」ということを考えさせてくれ、小さなスペースでの何日もの生活は人間関係を再認識させる、そして一度出航してしまうと途中離脱が不能、これは陸上では絶対に経験できない環境なのかもしれない

逆に快晴微風のセーリングはまさに天国、エンジンもオールも何も無しで自然の風だけで移動でいるという不思議さ、かってに掛かってくる魚のおもしろさ、信号も渋滞もなにもないのだ

ハーバーをすぎるといよいよ未体験ゾーンの舞洲、ハーバーに来ていた頃はまだ埋め立て中で橋など無かったのだ

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<八百八分の七十五橋>この舞洲へ渡る橋が「常吉大橋」でもちろん渡るのは初めてである、片側にしか歩行と自転車通路はなくおかげで橋の下をぐるりと一周、問題の舞洲・夢島はオリンピック誘致もモノの見事に大失敗し、地下鉄工事も巨大な公団計画も大量の税金をつぎ込んだまま今も宙ぶらりんで、どんどんと赤字を捻出している

`99年完成で建造費125億、長さが500m以上もある、支柱が1本の吊り橋なのだが左右の長さが違うと変わった設計になっている、親柱もデザインされ八百八橋と呼ばれる橋とまるで違う

しかしこの橋はいつもガラガラで建造目的が不明、もちろん舞洲へは中央通りの最西端の巨大な此花大橋を利用する人が大多数なのだ

夢島にあるのは巨大な公園とスポーツ施設、そしてデザイン料に多額の税金を使ったとして問題の環境事業局の工場が二カ所ある

この大きな橋になると昨日までの橋とはまるで様相がことなり絶好の見晴らしになる、まさに無料の展望台となりたまらなく景色も気分もよろしい、問題は橋の上で立ち止まると判るが大きな車が通るたびに橋が微妙に揺れ、何とも言えない「サッワ〜」とした緊張感が体を走り抜けるのだ

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by PUSH-PULL | 2009-04-23 09:02 | 写真 | Comments(4)
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千成湯
久しぶりの銭湯話である、私の持つ貴重な冊子「大阪お風呂マップ`96」では福島区には銭湯が18カ所ある、しかし僅か10年ちょっとで12軒に減ってしまっていた、銭湯オタクとしてはヒジョーに寂しい限りなのだ

全部制覇したと思って何気なく本を調べていたら、なぬ!1カ所残っているではないか、人様に「全部行ったで〜」と豪語していたのが嘘になってしまった、お許しくださいな

ならば日曜日の午後はお掃除の他にすることもなかったので、夕方から残されたの銭湯「千成湯」を制覇すべく出かけました、中央市場のすぐ北にある銭湯なのだがかなり判りにくい裏通り

このあたりの銭湯としてはよく知っているレイアウト、有料のサウナ・ラドンのスチームバス・水風呂・電気風呂・深い風呂・浅い風呂・寝風呂・シャワー・露天の薬草風呂と全部そろっている
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さて上の下手なスケッチだが、問題は露天も浅い風呂も深すぎるのである
1・段に腰掛けるとお湯はおなかの少し上で
2・ちゃんとつかるとあごをぐっと上げないと喫水線が口より上になる
私の身長が172 なので私より背が低いと中腰にならねばならないのだ

電気風呂も中途半端に深く、浴槽の底に洗い場の椅子が一つ沈めてありました、つまり底の椅子に腰掛けると何とかあごがでる高さで、椅子を湯船で縦使いすると落ち着くのである

銭湯にデザイナーなる者が参入しだしたのはずっと後のことで、もちろんスーパー銭湯などさらにずっとずっと後のこと、銭湯は特異な人間関係で全部仕切られ発達してきた少し変わった世界なのである

つまり下手な大工が作った家と同じでまさに人間工学を無視したレイアウトがそこに出現するのである、一番かなんかったのがカランが高すぎケロリンの洗面器で湯がはねる、おまけにそのお湯がめったやたら熱いのだ

凄かったのは大阪は出島にある大阪湾の海水を引き込んでいるという自慢の銭湯なのだが、鏡が座った位置では見られず、髭を剃るときは立つという優れもののレイアウトだったのだ

私に言わせれば銭湯に熱いお湯のカランなどは必要ない、ほんの少し温度が高めのお湯と水でいい、今時のスーパー銭湯は入浴料がお高い分良くできていて、カランはすべて混合栓で一つにまとめられている

以前HPで銭湯話を始めたのだが途中で挫折、その後プロバイダーも変わったのだがまだその足跡が残っていた、1〜24話までは昔の「大阪百銭湯物語」で見ることがまだ出来ます、東京からのうら若き乙女の銭湯話の投稿もあり自分ながらオモロイと思っている、25話からはこのブログで気が向いたときに書いています

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<八百八分の七十四橋>いよいよ正蓮寺川最後の橋「北港大橋」、ここより西は住宅が極端に少なくなり現れてくるのが大阪ガス、橋そのものは何のおもしろみもなく写真としてもこれ以上いじりようがないのだ

最後の橋となれば次が水門で下の写真が「正蓮寺川水門」、不思議なのはこの水門は私のいつも使っている地図、昭文社「ライトマップル大阪」に記載されていないのだ、道路地図なのでいらんのかなあ〜

正蓮寺川水門の東は道路工事でほとんど水がなく、西は大阪湾の水が入り込んできているがもうすでにこの正蓮寺川水門の役目は終わろうとしている、陸続きになったときの水門は最後にどうなるのか心配になってきた

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by PUSH-PULL | 2009-04-22 08:33 | カルチャー | Comments(7)
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極太麺
私は伊勢市生まれである、そのときの表記なら三重県度会郡字沼木横輪村、育ったのは大阪なのだがガキの頃から休みたんびに田舎に帰っていた、大阪の小学校の修学旅行は伊勢と決まっているのだが私にしたら外宮も何もかもなじみの光景で面白く何ともなかったのだが、友達を連れ旅館の近くのサザエの壺焼きを買い食いして大目玉を食らったような記憶がある

公園のお友達からいただいたお土産で何十年ぶりかの「伊勢うどん」、香川の生醤油うどんと同じで出汁がなく麺汁だけで戴く、なんと言っても一番の特徴は麺が限りなく太いこと、しかし伊勢うどんを食べた記憶が1,2回しかない、と言うか伊勢の町で食事をした記憶が皆無に近いのだ

大きな鍋で湯を沸かし極太の生麺を暖める、湯を切って丼に移しめんつゆとネギと鰹節というシンプルさがよろしい、めんつゆは思った通りの甘みがあり別に辛くはない、麺が柔らかいので最初とまどうが食べている間にだんだんと美味しくなってくる

讃岐と決定的に違うのが麺が柔らかいのだ、そういえば田辺聖子の小説に出てくる大阪のうどんは箸でつまみ上げると切れてしまいそうになるぐらい柔らかいとある、大阪では病気をしたら必ず食事はうどん、それも柔らかい素うどんと決まっているのだ

讃岐と伊勢の湯がき方を調べたら、讃岐が15分でなんと伊勢は1時間弱とか、成り立ちを考えてみると、太いと言うことはそれだけ簡単で後は茹でてたまり醤油とネギと言う究極の簡単料理なのかもしれない、この太さと柔らかさはうどんとしての食べ方は単一で他の食べ方が見つからないのがおもしろい

今時の大阪うどんはすっかり讃岐化計画に取り込まれてしまい、腰のある麺が幅をきかせていて柔らかいうどんなどもってのほかの風潮があることは確かだ

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<八百八分の七十三橋>さらに水のない正蓮寺川を下ると次が「北港新橋」で名前だけは新しい、ずっと西に埋め立てられた北港があるのだが、かなり離れているので名付けの理由がよく分からない、このあたりから左岸は住宅が姿を消して住友村に変身、電工に金属と大きな工場が連なっていく
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by PUSH-PULL | 2009-04-21 08:32 | うまいもん | Comments(4)

遊歩道の,真っ黒のらら


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