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和光温泉
大阪は新世界、ジャンジャン横丁の南東にある銭湯「和光温泉」、細い路地に面しているので少し判りにくい、今回が二回目でここからもう少し南に下がると現在でも堂々と営業を続ける飛田新地がある、風営法や売春防止法って今はどうなっているのでしょうね(笑)

落語が終わってから風呂好きの友達と出かけました、いつもと違って手ぶらなので番台で風呂代(いつもなら回数券)とタオル借り代を払う、銭湯にしたらとんでもない大きさで設備の話を書こうと思ったが銭湯好きの方のHPが見つかったの無断でリンクを貼らして貰った、なかなか上手に書けているので私の漫画のレイアウトを参考にして頂ければよく判ると思います、ということでそれ以外のところを

まず番台の女性がかなりの美人!これは大阪市内でも珍しいのでは、脱衣所が5カ所に分かれこの銭湯がただ者でないことが判る、入浴前の給水(絶対必要)をと思ったら洗面のカランにこましな浄水器が設置され「どうぞ水をお持ち帰り下さい」なる張り紙が、帰りにこの脱衣場の洗面台でタオルを絞ろうと思ったら隣のおっやんが洗面台でせっせとパンツを洗っておりました

とりあえず風呂場は迷路のようで浴そうがいくつもある、普通の浴槽が4つ(ジェットと電気とリラックスと普通)、薬草風呂(死海の塩風呂でした)、庭園風の炭酸泉の露天風呂、凄い水流の炭酸泉のジェット、20人ぐらい入れそうな水風呂、ほかに打たせ湯とボディジェット、ミストに近いスチームサウナと乾式のサウナ、そして風呂場のあちこちに洗い場が点在していて椅子は全部の固定の石造り(これは宜しいですな)

スチームと言うよりミストサウナは少々ぬるめなので早々に脱出、お次がその隣の凄い水流の浴槽へ手摺りが付いていなければ完全に体ごと持っていかれてしまう、お次は露天風呂へ、スーパー銭湯並みの広さで湯温も最適である、この湯温と言うのは非常に重要で私は少しぬるめが好きなのだが42度を基準に2度上がるだけで体感的にはとんでもない熱さで直ぐに飛び出すこと間違いなし

暫く浸かってから馬鹿でかい水風呂へ行く途中の洗い場におっちゃんが二人、二人とも五十歳前後で一人は巨漢の短髪の強面、もう一人は小柄な優男、チラッと見ただけなのだがどうも巨漢の泡だらけの手が隣のおっちゃんの股間へ?

水風呂の後、死海の塩風呂に移動したが死海と言うほどの塩分はなさそうである、しかし先ほどの光景が頭から離れない、ひょっとしたら小柄の人は障害の方で体を洗ってやっていたのかしら・・・友達の石鹸を借りて体を洗った後色々な浴槽に順番に入って体が温まってから再び水風呂へ、今度は小柄な方のおっちゃんが体を巨漢のおっちゃんの背中に完全に密着させて後から頭を洗ってあげていました、「参りました!」このおっちゃん達は完全におホモ達である、しかも人前で堂々と・・・さすが西成!

そう言えば私が服を脱いでいる途中に用を足しに離れたのだが、戻ってみると他の脱衣箱が空いているにもかかわらず、私の直ぐ上の脱衣箱を使い始めるおっちゃんが居たことを思いだしたのだ、銭湯は他と比べものにならぬほど良いのだが、客層があああァァァ〜!

昔に解約したプロバイダーにまだ私のHPが残っていました、大阪百銭湯物語の1〜24話がありますので興味のある方はどうぞ、25話は1月22日のブログです、今読み返してみるとあの頃を思い出して面白いのだが、文章がひどく誤字脱字だらけで気恥ずかしい、数は減ったが今も変わっておりません、はい
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by PUSH-PULL | 2008-01-31 08:57 | ご託&うんちく | Comments(0)

ジャンジャン寄席

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新世界事情
久しぶりに友人の開催する落語の会を覗く、ジャンジャン横丁は火曜日が定休日なので将棋の「王将」の場所を借りられるのである、天候不順の精なのかどうか知らないが行くと必ず行列をなしている串カツの「八重勝」と「てんぐ」の店先には串カツ初心者が並んでいませんでした

b0057679_932482.jpg始まるまでにまだ時間があるので席取りを澄ませてから筋向かいの寿司屋さんへ、生ビールを注文してから、サザエの壺焼き・名物の「あんな巻(しゃり抜きの巻きずし)」、イカの塩焼き、握りは「しらこ」「蒸し穴子」「クジラ」、途中でお湯割りにチェンジ、どれも美味しく3人で六千円ちょっとだから納得の金額である

ジャンジャン横丁で見かけたのぼりなのだが、「まぐろ造り」300円もビックリするが「牛肝ステーキ」250円にはもっと驚く、こんな文面ののぼりは既製品ではあり得ないので特注だと思うのだが何故か「名物」の文字はあっても店の名前が無いのが不思議である

会場に戻るとほぼ満員、落語が始まると先ほどのアルコホルが心地よく半仮眠状態になってしまった、最初が笑福亭呂竹「米揚げ笊」落語そのものは上手いのだが微妙に間合いが悪いのかなかなか話に入りきれないのが残念なり
お次が笑福亭銀瓶「書き割り盗人」最近売り出し中の若手でくすぐりも上手で非常に元気がある

半仮眠状態が仮眠状態に移ろうとした時に一辺に目が覚めてしまった、今日のメインである月亭八天の「親子酒」が滅茶苦茶おもろい、今回で六回目になるのだが八天を中心に「新世界ジャンジャン寄席」が始まった頃と比べるとプロの落語家に対して失礼だが八天さんは格段に上手く面白くなっている、つまり落語の中になんの抵抗感もなく入れたのだから

休憩を挟んで八天の「秘伝書」が始まるがトイレに行った客がなかなか戻ってこないのでなかなか本題に入れないのだがその場に会わせ話を繋いでいくところがさすがプロ、月亭八天さんは、艶物とか酔っぱらいものが上手く仕草もなかなかでそれだけで笑ってしまいます、酔っぱらいと言えば林屋小染が得意にしていましたなあ〜
しかし私自身は演者に対して大変申し訳ないのだがまたまた半仮眠状態に突入しとぎれとぎれにしか話が聞こえてこなかったのである、次はお酒もほどほどにしなくては酔っぱらいの話が私のことになってしまうのだ(笑)

落語の後直ぐに帰るつもりだったが銭湯好きの友人の誘いもあり、飛田新地に近い銭湯へ、ッてことで銭湯話は明日にでも
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by PUSH-PULL | 2008-01-30 09:15 | カルチャー | Comments(2)

耳を澄ましたら

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耳鳴り
ラジオ番組で自然の中に一人で身を置きじっと耳を澄まし廻りから聞こえる様々な音を聴こう・・・なる話を聞いた、以前の私ならなんの抵抗もなく受け入れるのだが今は不安で出来ない

と言うのは2年前の秋に急に目眩が続き約1ヶ月後に目眩そのものは収まったが、なぜだか判らぬが耳鳴りだけ取り残された、「キ〜ン」という金属音的なノイズが一日中聞こえているのである、勿論音そのものはずっと鳴っている訳ではなく大きくなったり時には途絶える

しかし部屋の中の掛け時計の音ではないが意識したとたん頭の中でノイズを自覚するのである、もう2年以上もなるので耳鳴りにはかなり慣れたが今でも大きくなった時だけは堪らなく苦痛である

最初の耳鼻科が肝臓でご厄介になっている厚生年金病院、聴覚検査の他は無く一応メヌエルなど耳鳴りが現れる病気でないことは確認できたのだが、治療法と言えば投薬のみで一向に治る気配はない、1ヶ月後医者に「この薬は何に効くのですか?」の質問に「気休めみたいなもんや」の一言でぶち切れてしまい通院拒否

それから町医者を3軒はしごしたのだが以前に大きな病院に通院していたと言うとその時点で嫌な顔をされるのが判った、どの耳鼻科も同じで聴音テストと飲み薬のみ、医院によって出す薬は違っていて一つは血行を良くする薬でもう一つは眠気を伴う少し神経をマヒさせる薬の治療だけ

結局私の耳鳴りは飲み薬の治療も効かずもう医者通いは止めてしまっている、調べて判ったのだこの手の耳鳴りの特効薬はなさそうで、姪が心配して買ってくれた本は抗ガン剤を使用し治った患者の体験談が書かれた本で「私はこうして治った」的な病気治療マニュアル本である

調べて判ったもう一つの治療方は今聞こえているノイズと同じ周波数の音を聴き、マヒさせるというか減少させる方法である、町医者で一度その話をしたら大阪の某大手病院でその治療をしているので紹介しても構わないと言う話だった、こちらの方は何となく理解できたのが成功率はかなり低い

左側の写真は耳の彫刻で世界的に有名な三木富雄さんの作品(無断拝借)で右が私の耳を撮影し加工したものである、三木さんの作品に出会った時も「耳」ってとんでもない形をしていると思ったが、今自分の耳をじっくり眺めるとやはりとんでもない形をしていた、誰もが自分の耳を見ると言うことは多分無いと思うが一度お試しあれ楽しめます

私が京に居を構えていた時、作家のヨシダミノル氏を通じNYから帰ったばかりの三木富雄さんと話をする機会があった、彼はNYでは耳の作品からミニマルアートへ変身していて、写真でしか見たことがないが小さなアクリルボックスに小さな金メッキされた羊が入っている作品だった

彼自身がかなりハイな状態だったからかも知れないが殆ど毎日のように話をした、彼の知識は豊富でまだ現代美術のとっかかりにいた私には彼の話は刺激的で魅力的だった、そして私がマルセル・デュシャンが好きだと判るとフィラデルフィアにある遺作を是非見るように薦められ、デュシャンや現代美術の素晴らしさを2日間近くも語ってくれた記憶がある、しかしそれからまもなく彼は40歳の若さで急逝した

京を離れデザイン事務所勤務になるのだが何年かして仕事もなんとか人並みに出来るようになったが人間関係が思うようにいかない、ふと急にデュシャンを見たくなり休暇を取り大の親友の五里さんを誘ってフィラデルフィア美術館に出かけた、勿論渡米の大きな要因に三木さんの言葉がある、二つ返事で同行してくれたわが友五里さんとはもう会うことは出来ない
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by PUSH-PULL | 2008-01-29 08:18 | アート・デザイン | Comments(0)
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貴重品
私の個人的結社「落とす会」の活動もむなしく、予想道理を通り越して大差で橋下氏が知事に選ばれた、きょし・ノックに続くタレント議員でやっぱり大阪人はタレントがお好きなようである、若さとバカさで頑張って貰うしかないのだが彼の公約はマニュアルにはほど遠く具体的な政策や期限が一切語られていないのが問題で、自民と公明推薦がボディブローのようにジワジワと効いてきて今まで通りになるのではないかと危惧する、

b0057679_921494.jpg昨年末に貰ったものであるが自分の分だけ1ヶ月寝かしていた、これが待望の漬け物「いぶりがっこ」である、富山の炭焼きをしている友人が自分の畑で収穫したとても美味しい大根で作った物である、おまけに漬け物容器に大きな重しの石を入れたまま大阪まで運ばれてきたのだ

いぶりがっこは秋田県に伝わる漬け物のことで囲炉裏の上で薫製にしてから沢庵と同じように米糠と塩で漬けたものである、今回のいぶりがっこは富山の友人が炭を焼く時に作った、彼がブログに作るところをアップしているので見られたし、彼の炭焼き小屋も見学できます

私は三重県の伊勢の生まれである、子供の頃の夏休み田舎に帰ると食事には必ず「沢庵」が出てきた、大人のお茶請けにも出されるぐらいでケーキとまんじゅうとか言うものはこの世に存在しなかったのだ、ガキの頃の横輪村の沢庵の味はただひたすら噛みでがあり辛かった、心の中で「甘いもの」といつも呪文を唱えていたのだ

その頃は大阪の自宅にも樽ごと沢庵があった、何ヶ月かするとカビが生え堪らない臭いが漂うのだ、後から知ることになるのだがずっと寝かした「ひねの沢庵」が一番旨いのである

おまけに今から想像も出来ないのだが辛いものがからっきし駄目で、濃い味の肉などコップの水で洗ってから食べていた記憶がある、それが大人になるに付けどんどんと「辛さ大好きなんでもこい」にシフトしていったのである、勿論今ではほどほどの辛さが好きなのだが・・・

二十歳を境に煙草と酒を覚えてから、甘党から辛党へ嗜好が変わっていったのだがその時始めて伊勢の沢庵を絶品と思ったのだ、確かに旨い!しかし時遅しで横輪村で沢庵を作る家は激減していたのである

富山の友人曰「いぶりがっこは薫製のチーズのようだ」と嘗て言っていたのを覚えているのだが、まだ彼の言ういぶりがっこには出会ったことはない、時々飲み屋で見かけると必ず注文するのだが「?」が付く、だがしかし今回たらふくいぶりがっこを食する機会に恵まれたという訳だ、注:少しづつ戴くのが宜しいようで

沢庵を触っただけでずっと薫製の臭いが消えないぐらい強いだが、漬け物そのものは薫製の香りと共に味も抜群で美味しいのである
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by PUSH-PULL | 2008-01-28 09:13 | うまいもん | Comments(4)
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「?」
始めてである、橋の名前が判らない、私が橋脚を撮影したとき立っていた場所が判らないのである

この上流(前方)に見えているのが久宝寺橋で下流(後方)にあるのが長堀通りにある末吉橋、手元の地図にも橋の名はなくネットの地図検索も道路は載っていても地名や名称に関しては不親切だと言うことを始めて知った

この場所は昨日のブログのミナミにある大黒橋の上流で、川の名前も道頓堀川から東横堀側と名前も変わっている、直ぐ東側に松屋町筋があり仕事に使うボールを買い出しに来た帰りである、人形と結納でお馴染みの松屋町(大阪読みではまっちゃまち)も昔の混雑はなくシーズン的には暇祭りから節句に向かう時期なので忙しくなければならないのだが・・・
まっちゃ町ではスーパーボール以外のボールが揃わなかったので心斎橋の東急ハンズに立ち寄り木球やガラス玉を入手し帰宅

松屋町の面白さは人形よりも駄菓子とオモチャの問屋が沢山あるところ、沢山と言っても多分20軒もないのだが、どれも格段に安く個人で買いに来る人たちは学生のコンパ用か子供のパーティー用?今でも昔ながらの駄菓子とオモチャが売られているのが嬉しい、映画「三丁目の夕日」の小道具調達にここまで何度も買い出しに来ていたとか

寒さにもかかわらずどの店も店員さんらしき人が店頭に立っている、顔が合うと「いらっしゃいませ」の声がかかるが今時珍しいのではないだろうか、そう言えば先日梅田の地下街を歩いていた時のこと結構間口の広い化粧雑貨店があったのだが黒の制服を着た厚化粧のマネキン?さんが全員地下街通路にお尻を向け店内を向いていた時には驚いた、何をしていたのかいまだに理解できないのだが、お尻の形を一人ずつ点検させられる羽目になった

橋の名前が非常に気になってきた、家にあるちょっと古い少し分厚い地図がめっかったので調べたらやっと「安堂寺橋」と判明、これで安心して仕事が出来ます、今や川と呼ぶには情けない状態なのだが上手い具合に透明度ゼロの川面に陽があたり面白い絵になった
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と言うことで大阪府知事選に行って参りました、受付で誕生日を告げ改めて自分自身の歳を確認、この人だけは入れたくない用紙を探したが見あたらず、仕方がないので普段通りの投票を致しました、候補者の名前を書いていて思ったのだがこの鉛筆が実に快適である、名前の知らないメーカーの2B

高校時代に友人が高校に通いながら朝日新聞の夜の勤務をしていた、時々彼が無断で持ち出す鉛筆とざら紙の記事原稿用の小振りのメモ用紙を貰っていたのだが、これがすこぶる書き心地が宜しい、グレーの軸にASAHIの刻印の確か2B!候補者の名前を書いた瞬間、指の感触が何十年も前にフ一瞬にしてラッシュバックした
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by PUSH-PULL | 2008-01-27 09:03 | 写真 | Comments(0)

はしのはなし

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渡らず橋
正式名称は「大黒橋」で木津の大黒神社の参道に当たっていたとか、道頓堀川の最後の方に架かる橋で昭和の終わり頃に整備され煉瓦造りの綺麗な橋なのだが、この橋は繁華街にあるにもかかわらず大阪人でもを渡った人は殆どいないのでは

写真を見て判るように橋の直ぐ横に同平面の歩道と車道がある、観光で散策する人の他にはこの17段の階段を上がり下りして渡る人はいない、ましてや道頓堀でもこの辺りは余り環境が宜しくない、少し前まで私の立っている側はソープランドとラブホテルが密集していて、橋の渡った先は今も全部ラブホテル

この橋は昭和の初め浄化用の可動堰として作られ、その上が煉瓦造りの歩道専用の橋となった訳である、しかし橋の上に佇み川面を眺めてもこの辺りは大阪でも数少ないダイオキシン濃度が基準値を越える地点で余りロマンチックな気分になれない、おまけに目に入る景色も少々刺激がきついのだ

b0057679_8282514.jpgつまりアベックだとまず疑われるし一人歩きもかなり怪しい、私の後側に少し行くと大阪名物の少々行儀の宜しくない「アメ村」ある、壁という壁は落書きだらけで最近は日中でも車上荒らしが出没するとか、深夜徘徊するとメチャオモロイのだがそれなりの気合いが必要

そう言えば中之島の土佐堀川にかかるフェスティバルホール南側の「錦橋」も同じ可動堰として建造され上が歩行専用として利用されているのだが、こちらの方の景色は大阪観光としては最適で美しい、しかしどちらの橋もバブルの塊のような橋で造った頃はとんでもない赤字で悩む現在の大阪とは違ってたんやろなあ、現在この手の橋の建造の予算を上げたら直ぐに却下、仮に予算が通ったとしても無味乾燥の通路が出来るに違いない

そう言えば以前お仕事でこの「錦橋」の上で企業向けのムービーを撮ったことがある、「え、私?」勿論ディレクターです

注:錦橋はネットからの無断拝借です(これはフェス側からで向こうに曰く言い難い大同生命ビルが少し見える)
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by PUSH-PULL | 2008-01-26 08:36 | ご託&うんちく | Comments(2)

やっと冬らしく

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薄氷を履む
久しぶりに氷を見た、手のひらに載せたらハッと消えてしまうラッピング、と言うことはなんだかんだと言いながら温かいということ、もう水槽に張った分厚い氷をぶち破り投げて粉々にするなんて遊びは大阪ではやってこないのだろう、おまけに雨上がりの土がまだ軟らかいと言うことは気温は零下にならず冷たい風で出来た氷

映像でしか見たことがないのだが湖面が凍る寸前に強風が吹くと大きな音と共に亀裂が走り一瞬にして凍る、一度で良いから実際に凍る瞬間に立ち会いたいものであるが夜明け前から湖畔で待ち続けるとしたらやっぱり遠慮した方が賢明かも、念のために辞書を引いてみたら「踏む」ではなく「履む」だった

楽学が2日振りに戻ってきた飯も食わずに私が起きると入れ替わりに布団で爆睡!、今朝の散歩の犬々が微妙、少しも歩かず震えている、便を点検し体調不良であることが判明、無理に引っ張って申し訳なかった

今朝の新聞の本の広告から
「人生の幸せは肝臓で決まる」・脳は「歩いて」鍛えなさい

b0057679_10195391.jpg今朝の万柳から
「テレビ局新聞読むの好きやねぇ」
同感!この件に関しては一度書こうと思っていたことなのだが、今ではどの局も夕刊紙やスポーツ紙の記事をそのまま番組ネタにしている、同じマスコミ人間としての「恥」がまるでない、ゴシップだろうが取材と編集を放棄した番組は見る価値なし

最近のCMから
・「大人のマナー」とあんただけには言われたくない、高利貸しからお金を借りないのが大人のマナーだろうが!
・この季節になると必ず呉服の「恒例大B反市」、昔京都で染色の仕事をしていたのだが「B反=不良品」を何度も作ろうものならすぐさま取引停止、毎年「市」を開催するほどの量のB反を出したらその会社は即倒産!それともワザとB反を作っているとしたら奇怪なり
・昨年CMの賞を取った資生堂、あれだけギャラの高い女優を大勢使えば当たり前だが、最後のカットの髪をなびかせ歩く姿が変、歩きながらワザと首を廻し髪を動かす、これを前から見たきっと「あのねえちゃん何してんねやろ、首かい〜の?」

今朝のはなまるゲストの坂井若菜は幕末好き、結婚するなら千葉重太郎(龍馬の師匠)だそうだが知ってます?千葉周作は叔父、妹の佐那子は千葉門下の龍馬と婚約するもいつの間にかおりょう(楢崎龍)のところへ、ネットで確認したのだがりょうは美人ですなあ
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by PUSH-PULL | 2008-01-25 10:29 | 写真 | Comments(2)

甘納豆

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初挑戦
朝早くの公園にはまだ水たまりが一杯、少し空が明るく青空が見え始めたので晴れるのかと思ったらにわかに暗くなりいきなり霙(みぞれ)!あわてて犬々をチャリのカゴに放り込み一目散に帰宅、家に着く頃にはすっかり雨に変わっていた、天気予報こんなこと言っていたっけ

正月明けに富山から白インゲン豆が届いた、さて何を作るか?一番ポピュラーなのはお正月用の煮豆であるのだが、正月は遙か彼方

時々私はお茶請けに甘納豆を買う、スーパーのお菓子売り場に並んでいる甘納豆は殆ど「春日井」で不味くはないのだが1番ではない、たまに頂き物の過剰包装の甘納豆を食べる機会があるのだが値段が高いだけに確かに旨い、そこで手作りすることにした

煮豆を作るのと殆ど同じ工程で時間はかかるが手間はかからない、私が採用したレシピは
・一晩薄い塩水につける
・水から豆を煮て沸騰したら火を止めて重曹を少し入れ冷ます
・豆を軽く洗い多めの水で煮る、ここで豆の固さが決まる
・火が通ったらザルに空け、砂糖を水にとかし(1:1.5)そこに湯を切った豆を入れ煮る
・一晩寝かしてからさらに煮詰める、熱い間に汁気を切ってからザルに広げ干す
・完全に冷ましてからグラニュー糖をまぶす
2日間かかったが調理時間は30分未満でこれを面倒と思うかどうかはお任せします

結果から言うと私の使ったレシピは大きな豆用だったので少々柔らかくなりすぎてしまった、少し堅めの甘納豆が好きなのでさらに乾燥、なかなか写真映えする白インゲンの甘納豆である、形は少々「?」が付くが食べるとこれが絶品!体積的には最初の豆の5倍以上になったのでは無かろうか

いんげん豆(隠元豆)には、白いんげんの大福や姫手芒・金時・うずら・虎などがあるが、普段食卓に上るのは「さやインゲン」でそのまま調理して食べるものが圧倒的に多いのだ、甘納豆にも色々種類がある、ピンは栗に始まって芋にはすの実、ポピュラーな黒豆からひよこ豆・大納言などの小豆各種・うぐいす豆・金時・えんどう・・・・と無数に甘納豆は存在するみたい

おまけにインゲン豆とは日本黄檗宗の開祖の隠元が、明時代に中国から日本に渡来した時に持ち込んだありがた〜い豆なのである、隠元が作った京都は宇治の黄檗山万福寺には隠元豆が奉られて境内で甘納豆が売られていると言うことを残念ながら確認したことはない
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by PUSH-PULL | 2008-01-24 08:44 | うまいもん | Comments(6)
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女湯
昨日に引き続きまた全裸の女性の話、違う所は大人のホンマの裸体なのだ!

この頃は夕食前に銭湯に出かける、そう言えばアルコホルが入ると必ずと言っていいほど風呂好きの友人とサウナに行ってた時代がありましたがあんなに体に悪いことはなし、風呂上がりの飯とたまに飲むビールも格段に美味く、1日の終わりとして銭湯の快感は何ものにも代え難い

昨夕ほんの少し雨の残るなかチャリに犬ならぬ洗面器を載せ銭湯に出かけた、番台のおばちゃんに風呂券をと思ったら女湯が騒々しく一人の女性が暖簾をかき分け出てきた、なんと全裸!不幸中の幸いは下半身がカウンターに隠れ見えなかったことだが、それでも少々ニュートンの法則に忠実でみごとなオッパイが私の目に飛び込んできたのである

「ちょっと、風呂入ろうとしたら足滑ってこけたやないの、ここのお風呂危ないやんか!」
「大きいお風呂ですか、小さいお風呂ですか?」
「どっちでもええやないの、もうちょっとで大怪我するとこやったわ、ここの経営者よんで!今すぐ呼んで!」
「・・・・」

あわてて目をそらしカウンターに風呂券を置いて脱衣場へ、壁越しに経営者でもあるおばちゃんを脱衣場に連れていったのかギャーギャーと大きな声が聞こえてくる、衣服を脱衣箱に入れ風呂場に入ったら今度は女湯の方から先ほどの続きでこの場所がどうのこうのと非難の声が続いている

銭湯の顔見知りのおっちゃんが私の顔をみるなり、女湯を指さし「誰かコケよったみたいやなあ、それにしてもこけたぐらいでうるさいなあ」

風呂上がりにおばちゃんに聞いたところ小さな声で、浴槽に入る時の1段上がったところ(ここに座って洗う人も結構いる)でどうも足を滑らしたらしい、私も石鹸が残っていたり体重移動のバランスが悪い時におっとっととなることがある、どうも初めてらしいお客さんで散々文句を言った挙げ句、浅い方の湯が温いとか色々クレームを付けたらしい

おばちゃんが小さな声で私に説明するのは私が見た全裸の女性はまだ風呂に入っているからで、私も結構スチームバスや電気や水風呂楽しむ長風呂なのだが、文句を言う割りには相当の長風呂である
「モンスターペアレンツ」と言葉を昨年始めて知ったのだが、嫌な時代になったものである

銭湯の話を書こうとして数年前までHPで風呂話を書いていたのを思い出した、勿論このブログを立ち上げた時にそのプロバイダーとの契約は解除し支払いはしていないのだが、検索するとまだ私のHPが残っていたではないか、それならばと昔のタイトルを付けその続きとして書くことにした、もし「大阪百銭湯物語」の1〜24話(余録が入っているので40話近い)に興味がある方は馬鹿話をどうぞ・・・時代はかなり昔

丁度、私の銭湯話に興味を持った東京のうら若き乙女達が、お江戸銭湯事情を面白可笑しく投稿してくれ、「余録」と「余話」でアップしています、女湯話はなかなか貴重で無茶オモロイのです
http://www.linkclub.or.jp/~pushpull/sentou/sentou.html
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by PUSH-PULL | 2008-01-23 09:02 | ご託&うんちく | Comments(4)

金子と澁澤

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エロス
昨日の午前、朝最初のコーヒータイムでTVのスイッチを入れると朝だというのに全裸の少女の絵が出ているではないか!何事かと見ていると、NHKが「知るを楽しむ」というドキュメントで澁澤龍彦を取り上げていたのだ

第1回が四谷シモンで私の見た金子國義が語る澁澤龍彦が第2回目であった、シモンの方が興味があったのだが時すでに遅しで昨年11月に放映されたもののようだ

澁澤が金子にエロとエロスの違いは「品格」だと言っている、丁度中学高校と性について悩んでいたころ「賢(かしこ)になりたい症候群」の私に降って湧いたようにこの「エロス」という文字が降りてきた、丁度その頃の文壇のスターに澁澤龍彦がいた、彼はサド裁判の被告人としても時の人でもあった

その頃に衝撃を受けた本にジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」があるが、彼の「眼球譚」「マダムエドワルダ」やサドの「悪徳の栄」にボーリーヌ・レアージュ「O嬢の物語」などどの本も表紙の絵が金子國義だった、この眼球譚もO嬢も私にはエロスと言うよりエロ本に近かったのだが

難しくてうんうん唸りながら夢中に読んでいた大江や安部や埴谷や吉本とは別のエロスと芸術の世界が浮かび上がってきた、そして意識した先に東京文化の澁澤を始め四谷シモン・金子国義・「家畜人ヤプー」の沼正三・栗田勇・・・・

澁澤が挿絵画家として依頼したのが金子國義で、彼が画家として成功する最初の出会いでもあった、澁澤関係の著書を読みまくろうとするがなんせこの手の本は普通の小説と違って値段が驚くほど高く、なかなか手にすることが出来なかった事実もさることながらどれもかなり難解だった、タイトルは知っていても読んでいない本がいまだに多数有る

自分自身が美術の世界に身を置くようになってから、少し離れた所から彼らを見られるようになった、もう一つは金子國義の絵そのものが心底好きでなかったこともあるが「賢(かしこ)になりたい症候群」としては彼の絵が余り上手に見えなかったのだ、そのぎこちなさが彼の良さであることは重々承知してはいたのだが

昨日のテレビで語る彼の言葉に「母から、あなたは何もせずに家にいてて遊んでいるだけで良い」、彼はその頃は四谷シモンとお芝居をしたりまさに遊びまくっていたのであるが、澁澤を始めどうもお生まれが宜しい作家に関してその事実を知るにつけ両手を上げて喜べ無くなる、私自身の育ちといじけた思考であることは紛れもないことなのだが、いまだに成績優秀のおぼっちゃまを見ると無視するか後から回し蹴りをカマしたくなるのだ、一つだけの救いは澁澤が対女性(妻など)に対し性格が破綻していたことで、つまり金子も澁澤も日常生活的にはかなり問題があるようなのだがそれがアーティストとして良いことなのかどうかいまだに判断に苦しむ
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by PUSH-PULL | 2008-01-22 10:48 | カルチャー | Comments(0)

公園で久しぶりに会ったミニピンの太郎君、商店街に昔からあるお茶屋さんのわんこ、気が向くとこうして飛んでやってくる


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