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文句の続き

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国民を馬鹿にするな
この季節になると決まって公園の銀杏の写真を撮る、この公園が1年で一番美しく見える季節かもしれない、今朝は薄曇りでイメージ通りにはいかなかったが朝日の浴びた銀杏の絨毯を犬と一緒に踏みしめる感覚は贅沢そのものである
野山にはいると当たり前のような行為が喧噪の町中では非常に貴重な時間でもある

と清らかな心で新聞やテレビを見聞きするとあっという間に醜い現実に引き戻される、一番は教育問題でまもなく通過するであろう教育基本法改正!来春から堂々と教育の世界に政府の介入が始まり土足で現場を踏みにじる、今までの教育を善しとはしないが絶対に国家権力は教育に介入してはならないのだ、いじめに関する再生審議会提案も現場を無視した「出席停止」「社会奉仕」は子供の人権を剥奪する犯罪者扱いである
罰則からは何も生まれない、現行教育基本法は欠陥は何もなく憲法と同じで実施し遵守する側が問題なのである、シンゾウ君の押しつけだの法案成立の経過を問題視するのは筋違いで改正するならどこの何が悪いと指示してから発言してほしいのだが内容についての説明はいっさい無い

もう一つはやっぱし復党問題、あまりのあほらしさに書き控えていたが復党が決まってしまったので一言だけ書いてみる、まず幼児にも解るような掟破りをしたことで来年の参院選までに国民は忘れてくれると思っているのだろうか?特に青木と森あたりの行動はヤクザに近いと言うよりヤクザそのものかもしれない、すべて「脅しと金」これで年内に政党交付金が2億5500万も増加する、馬鹿なシステムにもあきれるがわり算すると一人あたり2300万以上も入ることになる、在野だとゼロなのでこれは彼らには涎ものかもしれない

復党議員のコメントが素晴らしい「法案に反対したが民営化には反対せず」って、法案とは郵政民営化そのもので、誓約書の最後に「誓約に違反した場合は政治家としての良心に基づき議員を辞職いたします」なる言葉ある、前回郵政民営化反対議員に君たちの戻る場所はどこにもないと絶叫していたのは誰だったのか?
この誓約を党員全部に被せるならコイズミを筆頭に全員辞職せねばならない、しかし辞職しなくて良い理由が一つだけあるそれは議員という種族にはここで言う良心というものを持っていない場合だけ許される

森なんぞは「復党を認めないと、その時は私は来年体調を崩して入院するだけ」とまるで幼児のような言葉で脅しをかけている、シンゾウ君も目上には逆らえないらしく「自民党は決して古い自民党に戻ることはない、また戻してはならない」などと抜かしていらっしゃるのだが、踏み絵だの温情だのスジだのまさに昔の自民党の体質そのままではないか、あるのは数の論理のみで理念や思想のかけらもそこには存在しない

コイズミの改革路線を引き継ぐと高らかに宣言した舌の乾かぬうちにもう昔の自民党に逆戻り、コイズミは文句の一つでも言ってみたらどうなんだ!しかし彼の使い捨て発言を聞くに及んで議員を使い捨てとはいくら覚悟の話か知らないが聞かされる側にとってはたまったものではない、所詮それだけの器でもう脳みその中には考える細胞すら残っていないのだろう

もともと超タカ派のシンゾウ君は鼻から改革などするつもりもなく、やりたいのは教育と憲法をまだ見ぬ己のユートピアへと変えることで、彼の未来には最初に集団自衛権があり、教育を根本から変えることで国に対し疑問を持たない若者が生まれる、そして彼と同じように日本国軍が夢にまで見た「美しい国、日本」がある、核保有と徴兵制度、もう後戻りの出来ない格差拡大

こうして理詰めで考えているとだんだん生きる気力が萎えそうだが、そうも言っていられないので死ぬまで反対し続け発言するしかないのだろう
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by PUSH-PULL | 2006-11-30 08:59 | ご託&うんちく | Comments(0)

あほらしやの鐘が鳴る

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文句が一杯
おっさんは怒っている相撲審議会ってなんなのだ!相撲音痴の私ですら文句を付けたくなった、今場所は結びの一番でも上の方の客席は空席が目立ちひょっとしたら大入り満員は一度も出なかったのでは、これで朝青龍がいなかったらと思うと審議会の人はどう思ったのだろう

じじばばが集い(ずっと芸者のいる料亭でやっていたらしい)能書きたれてケチをつけるのも人生の先達としてご拝聴と思ったが中身がひどすぎる、特にあのおばちゃんはいけない、相撲の話を活字にしたからって審議会に選ばれるのは問題で審議会そのものがたんなる素人集団だとも言える
朝青龍の勝った後の懸賞金を左で手刀したのにケチをつけたのが記憶に残っているが、そのとき内館委員は「守る伝統は守るべき。このままでは、ハイヒールを履いた女性が土俵に上がるようなことになる」朝青龍は左利きでしかも極度の緊張状態の自然な振る舞いになのだが今度のいちゃ文は目に余る

b0057679_1064610.jpgまず小結稀勢の里を奇襲のけたぐりで破ったことに「横綱の品格を考えれば、してはいけない技。受けて立つ横綱らしい取組をして欲しかった」なる石橋委員著発言があったが、一人だけの発言ならまだしも審議会全員の意見とはナヌ?朝青龍は相撲取りとしては小柄な方である、立ち会いで受けれるのは相当の巨漢の関取に限られるのをこの方々は解っていない、それほど使ってはいけない技なら禁止にすればいい、続けた内舘の話が不様で「けたぐりと言う言葉自体、品がない」「おいおいおい、あんた何様でんねん」ここまで来ると笑うしかない、四十八手決まり手までにケチをつけるとはよほど朝青龍が嫌いか外人力士がお気に召さないと見える

もし貴女が伝統と言う言葉やフェミニズム蔑視の発言をするなら横綱審議会に女性の貴女が参加していることすら矛盾することになる、ひょっとしたら見た目はおばちゃんでも違っていたりしたら面白いのだが

制限時間一杯で朝青龍が廻しを叩くのがいけないと言う、数秒で終わってしまう競技の頂点に出る感情の発露まで気にくわないらしい、北の湖理事長も「取り組み直前の所作については直せないし、あれがなくなったら終わり」と笑われる始末
貴女のおっしゃるような相撲を美しいというならまるで教科書通りの退屈な相撲になり、内輪もめで相撲界にケチをつけた貴乃花のような一昔前の美意識の持ち主ばっかりになる、客は年寄りだけになるだろうしはらはらどきどきの緊張を求める若者や国籍を厭わぬ人達、言葉の障害を乗り越えて日本にやってきて頑張っている力士もすべていなくなってしまう、柔道と同じように国技という概念が消え失せているのを気づかぬと見える
このおばちゃんの口をふさぐ方法を考えねば・・・それはそうとナベツネってまだ委員をしていたのかしら?

長野の市役所では長期療養中に陸上大会に出て優勝する若者が現れ、それをこともあろうか自分のブログで事細かに練習や成績を書きつづるという、奈良の5年で出社8日の男のように部落や暴力団が談合が絡んでいないだけにまだ救われるが、どうしてこうも易々と見過ごされてきたのかが不思議だ

またぞろ愛すべきG軍(この軍という時代錯誤の形容に文句を言わないファンが不思議だ)は初の4年連続の脱VでおまけにBクラス、今回も若手育成を無視しオリックスの谷、日ハムの小笠原でクリーンアップ
いくら失敗しても懲りないと見える、毎度のことながらオールスター並みで記憶にあるのは、落合・阿波野・広沢・川口・パウエル・清原・石井・金石・江藤・工藤・ペタジーニ・小久保・ローズ・豊田・李、これはすごいの一言で優勝すりゃ陰口がひがみになるが、負けてしまえばアホ扱い、その中でも不思議なのは前にも書いたが小久保選手である、ダイエーから無償トレードでやって来て帰るときはFAってどうなってるんやろ?

先ほどのニュース、井川が郵便局まがいのポスティングで私の一番嫌いなNYヤンキースへ行くことになった、あそこはG軍と同じ体質なのでがっかりしております
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by PUSH-PULL | 2006-11-29 10:18 | ご託&うんちく | Comments(2)

チョコポテチ

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ロイズコンフェクト
またまたまた頂き物である、姪が先日北海道まで結婚式参列に出かけたときのおみやげで姪の友達が填ったお菓子らしい、ロイズというお菓子屋さんは生チョコが有名らしいが時間の関係で頂いたのは「ポテトチップチョコレート」で会社のロイズコンフェクトは札幌市に会社はある

美味しさを文字にするのは恐縮なのだがこれがまた面白い組み合わせで旨いのだ、菓子の名前そのままで塩味のポテトチップスにチョコが掛けてあるのだけなのだがポテチの塩味とチョコが微妙なバランスで合っている、夏場は手がベトベトするような気がするのでいまいちと思われるがこれからの季節にぴったりかも

ロイズのHPを覗いたらチョコの美味しい食べ方から保存方法まで事細かに書かれてあり、チョコってそんなに面倒なものだったのかと改めて認識したがたとえ生チョコの話だとしても大昔に食べた白くなりかけたチョコは旨くなかった、こうなれば鼻血が出ようが早々に食べてしまった方が良さそうだ

時々ちょっと口を出すのをためらうものもある、今時のマヨネーズがらみはすべてパス!で食べる気はしないと言いながら大阪の粉もの人としてキャベツ+トンカツソース+マヨネーズの組み合わせが好きなのはやっぱし矛盾しているのだろうか(笑)

考えただけでも寒イボが出そうなのが四国方面のお雑煮で餡ころ餅入りだが食べたことはない、食べてお代わりできなかったのが京都のすべて白色のお雑煮で、白みそ・おもち・大根・里芋・百合根?の組み合わせでこれに甘い御神酒でも組み合わせようものなら二日酔い間違いなしの甘さで、あれほど味にこだわる京料理の中にあってこれだけは異色である、最近知ったのだが富山のあの甘い「穴谷醤油{あなんたん)」で料理ならまだ使いようがあるが漬け物や刺身に掛けようものならはき出しそうになるぐらい甘くたっぷりと化学調味料の味がする

今日のチョコもそうだがだいぶ前から塩が静かなブームを続けている、塩味のアイスとかソフトクリームなどで、塩も百貨店に行けば赤穂をスタートして沖縄、中国、太古の海、地中海などいろいろな地名が入ったとんでもなく高い塩がある、天ぷら屋などはこの塩を売り物にしたものまであり福岡には昔から塩で食べるにぎり寿司屋があるらしいのだが食べたことはない

以前うれしそうにいろいろな塩を買って自慢していたが、大量に塩を使う〆鯖や〆サンマを作るときに頭の中を「?」印が頭の中を駆けめぐり高い塩を買うのをやめてしまったのだ、かって専売公社だった塩の存在を改めて認識した次第である(笑)

そういえば缶詰の日清カップヌードルを保存しているのだがあれも確か10年保証、期限を調べておかなければならない
先月から我が家の残り物総ざらえ期間に突入していますがまだ体調に変化はなく安心しております、すごかったのはデザイン事務所時代の出張の時の持ち帰った全国のホテルのシャンプーリンスひげ剃り・・・10年以上も立つのに小さなシール袋のシャンプーもリンスも何の問題もなくカミソリもどれも錆びておらずそのまま使えます
缶詰や乾物類は料理の幅が狭く粒貝だのホラ貝だのアンチョビだの高級な乾物の何とか茸やヒジキ・トマト・麩・寒天をどう料理したものやら、年内には保存食を一掃しようと思っているのだが生きていられるかどうか心配になってきた
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by PUSH-PULL | 2006-11-28 08:55 | うまいもん | Comments(3)

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好きな色
人間それぞれ固有の好きな色を持っているが年と共に嗜好は変わっていく、ましてや美術やデザイン畑に足を突っ込むとますます選択肢は広がり複雑になる、好きな色があってもそのままインテリアに使える訳でもなくその色の服を着られる訳でもない

小さいときは黄緑色が好きだったそしてそれが空色に、小学時代は男の色とか女の色とかはっきり区分され赤とかピンクとかは好きだったとしても人前で口が裂けても言えない風潮がある、ましてや桃色やピンクは別な意味を持ち恥じらいすら覚えたものである

中学時代にはモノトーンで黒い紙に白い絵の具でしゃれた絵を描いたら美術の教師に一応褒められはしたが「もっと色を使え」と暗にけなされた思い出がある、高校時代は色という感覚は消え失せ好きな色の記憶はない

大学で美術を勉強し始めたころは人様と違ったこと目立つことを意識するようになる、金銀だったら絶対「銀」という感覚が薄れ嫌いだった金すら面白いと思えるようになった、そして花好きの私が目覚めたのは「朱」又は「赤」であるが引きづりにショッキングやストロベリー、チャイナ、サーモンなどピンクも大好きになった、その現れはウィンドウに飾られた薄いピンクのボタンが一杯付いたパンタロンのスーツを買ったことがあるぐらいだ(笑)

この赤色も巾があり私の好きななのはイエロー系のバーミリオンでインディアンやローズ系の赤はそれほど好きでない、印刷で言えば色の三原色であるY・M・Cの「M」マゼンダではなくM100+Y100を合わせた俗に言う「金赤」が好きである、日本名で言えば赤・朱・真朱・緋・猩々緋・茜などがそれに当てはまり紅色がそれ以外の色の範疇に入る

写真は岩船寺の三重の塔の軒下にある像だが拡大して見ると以外と粗彫りでユーモラスなのにはビックリした、建物の色は最近塗り直されたのか赤色も鮮やかでこうしてじっと見ているとくらくらする、横の紅葉の赤と言いこの季節は野山は赤色が圧倒的に目につく、早春の新緑も大好きだがこうした終わりの赤色も強烈で寒さを忘れさせる

b0057679_9154657.jpg石仏を見ながら山道を歩いていると道の所々に小さな鉄製の箱が備えられているのだが何用なのか解らなかった、小さな窓から見るとどうもお賽銭箱っぽいのだがそこには何もなく郵便ポストのようにじっと佇んでいる、まともなものもあったがほとんど鉄は錆てしまい鍵は壊れたまま、これでは寄進する人もいないであろう

一緒に歩いた友人達は阿弥陀如来などの賽銭箱に小銭を入れて手を合わせお祈りしていたが、私は昔からよほどのことがない限り寄進とか寄付とかの心得が無くいつもそしらぬ顔をしている、小さい頃人様からお年玉は貰ったことはあるが大きくなってからも子供に上げた記憶は皆無である(笑)詰まるところ罰当たりで宗教心は懐疑の固まりでゼロである

どうもすがると言う意識が希薄でこれは女性に対しても現れ最後には「薄情者!」と罵られるのである(笑)これ以上書くとだんだん惨めになるのととんでもない修羅場の話になるので差し控える、「朱」が好きなにのどうも交わる気配はなく未だに唯我独尊、我が儘で独りよがりの生き様で人様に迷惑ばかりかけているのかもしれない(笑)

「未だにガキっちゅうたらガキのままかもしれんのう」
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by PUSH-PULL | 2006-11-27 09:24 | 写真 | Comments(0)

絵はがき

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晩秋の当尾(とうの)
こんな写真を撮るのは久しぶりである、あいにくの曇天でもう一台のフィルムカメラの出来が心配なのだがデジカメは何とでもなりますなあ

真言律宗小田原山「浄瑠璃寺」東方三重塔、池越しの塔ははがきと同じフレームです、もし違うとしたら季節に映ろう木々の葉だけかもしれません、何十年ぶりに見る寺は昔のままあのだが自分自身の感覚と肉体のみが衰え朽ちようとしているのかもしれません

埼玉の友人が京都は加茂町にこの春引っ越してきた、前から集まろうという話がやっと実現し関西に済む友達が集合と相成りました、あいにくの曇り空でしたが昼過ぎから近くの岩船寺と浄瑠璃寺を散策
やっと大阪の私市にある磐船寺が「いわふねでら」で加茂町の岩船寺が「がんせんじ」と読み方が違うのを区別することが出来た、大阪に住んでいると小学校の時から遠足だのハイキングの半分以上は寺巡りである、小さいときは寺なんぞは何の興味もなく行ったと言う記憶しかない

大学の彫刻の授業で仏像を学んだときに初めて寺と仏像に興味を抱くようになった、一般で拝観するときは薄暗い部屋の仏を拝むことになるのだが、授業の拝観は堂の扉を全部開け放ち外光一杯の中で見ることが出来たのは貴重な経験である
歴史的な背景だけではなく、乾漆・木彫・鋳造など素材を含む作り方まで興味が及び如来のあの半眼のアルカイックスマイルなど瞼の形や法衣の形で時代が解るようになってくる、ただ復元された仏像と昔のものとの区別は我々レベルでははなはだ難しいが、新薬師寺の十二神将の塑像の中の一体だけ新しいのだけは判別できたが・・・

大好きな浄瑠璃寺、小さけれどここの配置は美しくまとまっています、池を挟んで此岸の薬師如来の三重塔と彼岸の九体阿弥陀如来の本堂は見応えがあります、本堂の吉祥天女像は有名だが国宝でなく重文、天女像は記憶の中と違い色あせ玉虫の厨子も輝きを失っていたように思えたのは何故だろう?

石仏を見ながらの山歩きは昔の記憶が時々現れ驚かされる三十年以上も立つのに不思議なものである、無人の小屋の物売りも昔は柿だけだったように思うのだが、季節が遅かったからか干し柿・サツマイモ・なすび・ししとう・お茶・椎茸・水菜と野沢菜のおつけものなどみんな百円で吊されていた、私が買った干し柿も先ほどいただいたが素朴でなかなか旨かった、しかも百円で五個も袋に入っていました
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by PUSH-PULL | 2006-11-26 11:21 | 写真 | Comments(0)

クワガタ

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顔面
昆虫や鳥や動物の世界では何故か雄がもてはやされる、勝手で独りよがりの人間の眼から考えるとやっぱりオスの方が派手で立派に見える、昆虫の世界でも売買される価格が余りにも違いすぎ雌はつがいとして繁殖のためにだけ存在する

そういえば人間社会も昔はオスも着飾っていた、派手な下着をつけカツラをかぶりチャラチャラとサロンを楽しんだ時代、しかしすべて貴族社会の風俗であり庶民とはおよそ無縁の世界でもある、人間すべからく就労という近代社会に入ってからこうした風俗は一部特権階級の隠れた楽しみになり我々の眼にふれることはない、たまに見る宮内庁の行事などで私たちの生活とかけ離れた出で立ちを見ることがあるがそのためだけの組織や人が存在することに驚かされる

正式にはアマミノコギリクワガタなのだが私には違いがよくわからない
昆虫網甲虫目クワガタムシ科ノコギリクワガタ属で、その中に琉球ノコギリクワガタがありアマミ・オキナワ・トカラ・オキノエラブ・クメジマなどに分かれているらしいが、きっと島だから固有の種類が出来たと思うのだが固有が出来ると言うことは隣の島に行く飛行能力はないことになる

カブト虫とと並んで人気のあるクワガタの代表はやはりこのノコギリクワガタとオオクワガタでは無いだろうか、しかし名前の由来が武士の甲の飾りの鍬に似ているかららしいが、どうも農機具のクワが飾りとはいまいち迫力にかける

ノコギリの特徴である角の部分が顎と知りビックリした、クワガタムシは体長3ミリ(一度見てみたい)から120ミリぐらいまであり種類も1000種類を越えるが、代表がやっぱりノコギリクワガタかもしれない、でかい顎のノコギリクワガタは以外と挟む力が弱くアゴの短いクワガタは少々危ない

この写真は博物館の拡大レプリカを作るために自宅でマクロ撮影したものを無断でアップしている、もしクワガタに肖像権があるなら私は違反していることになる、おまけに発注先の了解も取っていないので2重の違反なのだ

サラリーマン社会がどぶネズミ属と言われて久しく彼らが定年を迎える、今度はどんな衣装を身にまとうだろうか見物である、相変わらずトレーナーかゴルフファッションそれとも奥さんがスーパーの特売で買ってきたあてがいの服なのだろうか(笑)

しかし服に目覚める連中は20代の安月給でも十万以上のスーツを平気で買い何万のネクタイを結び出社する、洋服の好きな連中には見た瞬間解ってしまうのだ恐ろしい、たとえばテレビメディアで登場するニュースキャスター達のスーツはとんでもなく高額でありシルエットがまるで違う

「ちょい悪」なる男性ファッションがメディアで取り上げられているが、女性のセレブに対抗する男性のセレブファッションが無いのがおかしい、これはきっと差別でセクハラに違いなく影で女達が男をせせら笑っているのが目に見えるのだ(笑)これに乗っかる男どもも情けないっちゅうたら情けないのだ
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by PUSH-PULL | 2006-11-25 09:15 | 写真 | Comments(4)
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児童問題
昨日、児童文学の灰谷健次郎さんが亡くなりました、「兎の眼」など素晴らしい作品をたくさん残されているが、まさに世の中のこと子供達のことをずっと見続けていた希有な作家である、写真週刊誌問題で自分の作品を抗議のために新潮社から引き上げるなど、いつも社会に迎合する軟弱な大勢の大人社会の中で彼は生き様そのものが素晴らしかったのにまだ72才、合唱

ダンスパフォーマンス、こんな風景を見たら彼はなんと言うであろうか?
確かに可愛くてダンスも上手なのだが、一歩下がってみるとやはりそこにはいろいろな問題を抱えている、はっきり言って化粧して踊るガキどもは嫌いである、修二と彰の「青春アミーゴ」のバックのセンターで踊るジャニーズのガキは目障りであり、ガリガリの体で床や段違いや跳馬を楽々とこなす少女も苦手である、そこには楽しさのかけらもスポーツの未来も何も感じられないから

新体操やシンクロやフィギアスケートはどう見てもスポーツとは思えずショーでありルックスやタイルが悪いだけで減点されるのは余りにもひどい

「私はそんな子供に育てた覚えはない!」と文句の一つも叫ぼうとしたら私の周りには猫と犬しかいないことに気づいた、昔テレビの音楽番組では後ろで踊るダンサーが現れたがみんなどこかの歌劇団並に少々お年を召され化粧も画一化され踊りもいまいちだったような記憶がある、ちょうどマツケンサンバのバックがそのイメージを思い出させてくれたのだが、すでにアメリカではミュージカルが全盛期で「ウェストサイド物語」で日本の若者は酔いしれたがまだ日本には格好良く踊れる若者はいなかった

そして画期的だったのがマドンナとマイケル・ジャクソン、今まで見たことのないサウンドにあったダンスを披露してくれたのである、そのずっと後日本でもZOOを始め次々とダンスがミックスされたグループが次々現れ音楽シーンを盛り上げてきた、しかし「米米クラブ」あたりはどちらかというと初期の踊りのノリに近い、他にもストリート系の走りである一世風靡(今のダンスとはまるで違う)や気志団のようなのもあるが、現在は完全にヒップホップが全盛期であるり今日の写真の少女達の踊りもそこに含まれる

いじめ問題と今日の写真がどこで繋がるがよくわかっていないが、後ろには同じようなステージママの存在があり過保護の母親像が見え隠れする、ギャルサーと呼ばれるストリートのパラパラは大阪では余り見ないがあそこまで変身してしまうと、おじさんとしては入り込む余裕すら失ってしまい、あんぐりと口を開け見ているだけかもしれない(笑)

新聞出でていたハイケンの言葉を転載する
 オレは、オレを大事にしてくれる人のことを、じっと考えた。
 自分を大事にしてくれる人がいるのに、自分を粗末にできるはずはない。
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by PUSH-PULL | 2006-11-24 09:09 | ご託&うんちく | Comments(0)

宴の後

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開店
友達が持ってきたibookのOSを新規インストールしアプリケーションを入れたらもう夕食時を過ぎてしまっていた、近くの新しくできたお店に出かけたがなかなか見つからない、チラシが入っていたのですぐに見つかると思ったら手こずった、それもそのはずその場所は最近入ったことのある新世界の味が売り物の串カツ屋だった、お店はそのままで完全に「居抜き」で看板だけ交換
注文したのは
・フォアグラと百合根のグラタン
・イベリコ豚の炙り焼き
・串カツ盛り合わせ(アスパラ、牛、玉ねぎ、椎茸、エビ)
・太刀魚のお刺身(皮の方を少し炙ってありました)
・漬け物盛り合わせ
・豚バラの石焼きビビンバ
・アンコウの肝ポン酢あえ
こうして書くと高級そうに見えるが全部千円以下のリーズナブルなメニューでありました

突き出しをつつきながら生ビールを飲んでいると急に後ろがにぎやかになってきた、座るなり「生ビール10杯!」振り返ると全員黒いスーツにネクタイしかもおそろいの坊主に近い短髪には驚いた、会話の中で社長などと言う言葉が聞こえたが全員20代で風貌からは社長らしき人は皆無である、もしOLのグループだったらすぎに席を替わり見える位置に変わっていただろうに(笑)今回はじっとしている、やかましければ店を変わろうかと考えたが以外とおとなしく時々笑い声が聞こえるぐらいだったのでほっとした

我々より先に退席したので振り返った時の写真がこれ!何故どうでも良いようなスナップをアップしたかというと、飲食後のテーブルが小綺麗なのである、ビールを残した人も一人だけで勿論料理は残されずメニューもきちっと元のスタンドに収まっていた
こうした統制のとれたグループはどうも薄気味悪い、体育会系まではまだ何とか見ていられるが入社した後ある意味「イエスマン」ばかりの会社は確かに仕事ははかどるだろうけど私向きの会社ではない、 何度も書いている教育基本法改正もこうした人間を育てるには向いているのかもしれない「起立、礼、国旗掲揚、君が代斉唱、着席」

今朝の新聞で思ったこと
・「パの宝また流失」小笠原やっぱり巨人へ、契約年数云々はどう考えてみても良い訳にすぎない、それならば家が近くなるととかの方が理解しやすいがまたぞろナベツネ発言が笑ってしまう「いや、まだまだ足らない」Gファンは本当に喜んでいるのだろうか?
・タウンミーティング、送迎係の日当四万円・エレベーター操作一万五千円・エレベーターから控え室までの誘導五千円・・・あまりのばかばかしい項目ととんでもない金額は笑うに笑えない、受注したのはやっぱり「D」さんかなあ?
・なんと言っても一番は「景気がいざなぎを越えた」である、実質的に企業の売り上げは横ばいにもかかわらず利益が大幅に増えると言うことは、パートなどの非正規雇用増加と従業員の賃金を減らしたリストラ効果が大である、おかげで個人消費は冷えたまま「怒るでホンマ、どこが景気ええねん、ええやつ出てこんかい!」
・いざなぎ景気は3C(カー、クーラー、カラーテレビ)で、今の家電ではDVDレコーダー、薄型テレビ、デジタルカメラらしいがどれもさほど「必要なもの」ではない、目玉の薄型もまだ普及率が五年で20パーセントにも満たず「いざなぎ」のカラーテレビの0.3パーセントから5年で40パーセントオーバーとは比較にならない
・石原都知事、図書館行政に無関心、都立図書館の司書の半数が定年を迎えるが新規採用凍結、「貴男ってひょっとしたら昔物書きををしていたのではなかたっけ?」オートマチックで本を管理できると思っている浅はかさ、おまけに石原知事四男公費で海外出張と叩かれて
・沖縄知事選挙敗北、民主党代議士会で総括も追求も何もなし、今や完全に死に体で野党の意味がない、こうなると和歌山知事選もほとんど無理で今や自民党と同じ考えの議員だらけ
・国民的行事「紅白」観覧に受信料払いを条件にしたら応募3割減、「やっぱりみんな払ってなかったのか」
・和歌山談合続編、井山から祝儀15万貰っていた朝日新聞大阪本社社会部記者41才2ヶ月停職!「何故首にならない?まるでお役所並み」
・復党問題、あまりのアホらしさに書き気力を無くしました
・昨日各局テレビを賑わした崖の子犬問題1行も新聞に載らず、テレビの報道って単なる娯楽追求のみ?
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by PUSH-PULL | 2006-11-23 10:33 | ご託&うんちく | Comments(3)

袋貼り

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日常?
むかしむかし内職の話で傘張りと袋貼りを聞いたことがある、傘張りの方は長屋に住む仕官かなわぬ浪人が病の美しい妻を養うため番傘の紙を貼っているイメージがある
一方袋貼りの方はこめかみに小さく切った膏薬を貼り洗いざらしの割烹着姿で背には赤ちゃん、横でガキどもが腹を空かして暴れている、とイメージは膨らむのだが実際に見たことはない

かろうじて記憶にあるのは近くの市場(そのころはスーパーなど無く市場が台所のお役立ちで、雑貨やその他の必要品は市場に隣接する商店街だったころ)でものを買うと新聞紙で包むか、小さなものだとちゃんと袋に仕立てられた広告あるいは新聞紙に入れてくれた、もちろん石油製品のレジ袋などは存在せずポリエチレンの袋は非常に高価だった、袋貼りの内職があったと言うことはオートメーションの製袋機より手貼りの方が安かったからか、もう一つは機械の袋貼りはバリエーションが利かなかったからかもしれない

ブログでチラシの話を取り上げたこともあるがやけに気になった、それにしても写真の袋はよくできている、遠目では透明(笑)の袋に入っているのかと思って近づいたら紙そのまま、破れもせずほころびもせず几帳面に膨らみ立っている(笑)買った方がやすいと思うのは今様に感化された思考回路かもしれない、ただ一つ心配なのはこのあたりのゴミの収集は午後なのでゴミ出ししてから6〜7時間もある、ちょうど雨も上がったところでよかったが降っていたらこの袋の形態はどう変化していただろうと心配、ゴミを取りに来る直前に出せばいいかもしれないがお出かけする人はそうもいかないのだ

昨日の夕刊に8㎜映画のフイルムの製造中止が今春富士フイルムから発表され、それに反対する映画監督や8㎜愛好家達が集会を開いた話が出ていたが、いまどき8㎜で撮影するなんて不便この上ない
もちろんオートで撮影は出来ないし露出も距離も測定しなければならず手持ちで撮影するにはかなりの技術を要する、おまけに暗いところから明るい方へパーンすると露出を変えないと映像は真っ白になる、撮影が済んでからも現像した後、編集機でフィルムをチェックしはさみで切ってフィルムを繋ぐ作業がある、タイトルやクレジットも実際に書いたものが必要でそれを撮影することになる、完全に出来上がっても明るいところでは上映できないので、スクリーンと暗い部屋と映写機が必要で映像に音を入れる(トーキー)となると更に機材と技術が必要になる

昨日の記事もそうだったがこの不便さが物作りには絶対必要なのだ、仕事柄いろいろなデザイナーやプロデューサと合う機会があるが、若手になればなるほどデザイン感覚は素晴らしいのに素材に対する知識が余りにも無知な人に出会うことがありビックリする、いつも「大丈夫?」と思ってしまう、ましてやインテリアや建築など立体の場合は素材の持つ特性を知らない場合は致命傷になる、おまけに人間としての空間把握ができていない人が設計すると引き出しのないレジカウンターができたり、人が通るには余りにも狭い通路のお店や、先日見たばかりで外観はすごくかっこいいのだがクローゼットに行くのにベッドがじゃまをして導線が微妙なマンションが出来上がる

グラフィックでもパソコン内で完成しているため印刷屋さんを無視した、一桁単位もっとひどいのは小数点以下の色指定が出来上がる「君は一桁の色の違いを目で判断できるのか?」、切り文字や塗装でも市販される材料に無い色を指定したり、おまけにそれを無理矢理業者にやらそうとする馬鹿者が現れたりする「君は自分の手でものを作ったことがありますか?」

これは政治の世界にも言えることで戦争を知らない政治家が机上の論理として核保有論議を担ぎ出しアメリカに突っ込まれると反論も出来ず突然発言をやめてしまう、教育問題経済問題すべからく政治のミスが現在の格差を生みだし我々とは対局に存在する格差のおこぼれに預かっている連中は悪びれもせずますます金儲けに突っ走る
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by PUSH-PULL | 2006-11-22 08:55 | ご託&うんちく | Comments(0)

推薦入学?

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もうこんな季節
向こうに学生服姿の若者が大勢寒そうに佇んでいる時刻は朝早く7時45分頃、カバンからカメラを出そうとごそごそしていたらちょうど受付が始まった、こんな時間から試験が始まる訳は無いから学校側が気を利かせたのだろうか?

場所は犬の散歩に毎朝通る厚生年金病院看護学校、ここ数年前ぐらいから男子がかなり目立つようになってきた、最初見たときは女学生の中に詰め襟が混じっていてびっくりしたものだが・・・駅から来る道に何のチラシか知らないが数人配っている、予備校?マンション?しかし看護学校に予備校は余り聞かないし看護学校は寮が完備しているし

産婦人科の医者が不足し地方や島の女性達は大変である、人口減少が叫ばれる昨今政府は何の手だても打たずフォローもしていない、医者も結局忙しい科は敬遠されさしてさほど重要でない馬鹿高い整形や形成が幅を利かしアホ面を下げTVのバラエティー番組に登場する、私の家の周りにこれでもかと新しい歯科がオープンし駅近くにはなぜかセラピー関係がこれも新しくオープンしている
いじめや履修不足問題も教育の根元に関わる問題なのに国会では無視され教育基本法改正問題は予定通りづんづんすすめられ国民の意見など完全に無視している、単独採決も国民アンケートでは圧倒的に反対だったのだが

どうもこの推薦入学制度と言うのが昔からよく理解できないでいる、10月11月に入学してしまったら後の12.1.2.3月は何をするのだろう?会社の青田刈りとは違った意味を持っていると思うのだが、しかも私学によっては専願のみとか色々制約を設けているところが多く、他の大学をあるいは上の大学を受験するチャンスを奪ってしまっているのは問題ではないだろうか

受験する学生に直接話を聞いても、無理をして受験する連中はわずかで大半はらくちんコースを選択していて「大学どこに行くの?」と話しかけてもそれ以上話題は広がらない。「推薦」ってここで使われている言葉は間違っているのでは無いのだろうか、推薦なら無条件に入学させるべきで受験させるならどこが推薦なんだろうと暇な私は考えてしまう
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by PUSH-PULL | 2006-11-21 10:28 | Comments(2)

きりっとカメラ目線ののらら


by PUSH-PULL