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今どきの梅田

b0057679_9313945.jpgマルビル
ビルとビルの間からゆったりとした光がこぼれてくる、オープンカフェでやけに甘い「なんとかハニーラテ」を飲んでいてふと上を見上げた「そうなんやもう電光掲示板はないんやなあ」

どうもこんなアングルで写真を撮ると気恥ずかしく(なんとかカメラの投稿写真風だから)色々とPCで弄ってしまう

こんな梅田の景色を見ることになるとは信じられない、表には確かにビルがあったがここらあたりはほとんどバラックの街だった、NYほどではないにしても東京ほどではないにしても、どんどんと狭くなっていく空、昔はこの場所に繊維街があり細い路地が入り組み繊維問屋に混じって眠眠や立ち飲みなどの飲み屋が一杯あった、夜になると昼間では想像出来ない街に変身しどこからともなく現れた女衒が客を引く、昼間の顔と夜の顔がどうしても重ならない、今から考えると何処で商売をしていたのだろうか?

直ぐそこは大阪駅、表通りにはよく行った旭屋と駅前ラジオとカメラの河原があった、そして全ての地主がこのマルビルのオーナーでもある吉本、と言ってもあの吉本新喜劇とは何の関係もない
一度旭屋が火災にあったときこれ幸いと地主は立ち退きを執行しようとしたが、旭屋はものの見事に1日で営業を再開したのである、勿論バラックに近い建物はかなり残っていたから出来たのだが、それにしても1日で営業を始めるとは凄い商売根性に唖然としたものだ

大阪の最初のエスカレーターが直ぐ側の阪神百貨店にお目見えした、確か建物も4階建てだったように記憶しているのだが・・・自宅から歩いてこのエスカレータをガキ仲間で見に出かけた、その時のクイズは「さて、このエスカレーターの階段は何段あるのでしょう?」だった、みんな恐る恐るエスカレーターに乗っかって2階へ、又ぞろ階段で下りてきてエスカレーターに載るための列に並んだのだ

同じマルビルでも東京の丸の内のマルビルとはエライ違います、格も広さも客層も!比べるだけでお江戸の方に怒られそうなぐらい違う、最近の丸の内はオープンなビルも建設され素人さん(笑)も行けるようになってきたが、その昔変な格好をしているだけで白い目で見られそうな街だった、夜になると人通りもなくバカでかい建物が建ち並ぶだけ、残業をしているのかポツポツと明かりが見える、勿論一杯飲み屋なんぞはない

その点ここは違います、夜になっても人がウロウロで柄の悪いこと、その昔は一人で歩くにはちょっと勇気がいったぐらいですから!

最後にお断りしておきますが、私が甘い「なんとかハニーラテ」なんぞを飲んだのは、ただ単にタリーズの入口の看板にお勧めメニューと書いてあったからだけなのです、だから決して軟弱な奴と私を見ないようにお願い致します。
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by PUSH-PULL | 2005-03-31 10:07 | 写真 | Comments(2)

カレー話

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ネパール
インドカレーは良く聞くがこれはネパールカレー「カンティブール」である、そう言えば法善寺の方にパキスタンカレーと言うのもありました、昔は焦げ茶でドロッとしたカレーが好きであったが、人に教えられて銀座4丁目から東へ歌舞伎座の向こうにある「ナイル?だっけ」のカレーを食べてから私のカレー感覚は変わってしまった、サラッとしてスープのようなカレーである、勿論そのお店はほとんどインド方面のお方でみなさん手で食べていました

ドロッとしたカレーの代表が法善寺でスタートしたインディアンカレーかな、あそこのキャベツのピクルスは旨い!最近関西に来た芸能人がよくこのカレーを話題にしている、最初に行き始めた頃(大毎地下)は「大玉掛け」なんてことを言って注文していた、最初はルーとカレーが別々でいつどれぐらいカレーを掛ければ良いのか悩んだものです
それ以来色々なところでカレーを食べたがやっぱり最後は半透明のカレーに戻っていく、だがこのタイプのカレーは自分で作るには油(ギー)や香辛料の問題もあり同じものは難しい

そう言えばいっとき辛いカレーを食べ歩いた、一度20倍カレーなるカレーを皆んなで食べ行ったが結局注文したのは私だけだった、出されたピクルスに何とグリーンペッパーがあった、最初は2㎜ほど囓っただけでも「ヒエ〜!」と言っていたのに20倍カレーを食べ終わったらグリーンペッパーのピクルスがそのまま食べられたのだ、こうして文章を書いているだけで私の鼻の回りには汗がにじみ出しているのです

今回のお店のナンは旨い!バカでかくて美味しいのである、今日はセットでナンとライスとカレー2種類の組み合わせなので少しナンが小さい(お皿の性で縦に二つ切って重ねられている)、何時も一緒に頼むラッシーがこれまた爽やかなのでセットで780円也
ここで始めて食べた味のカレーが右側の豆カレーである、最初の一口はなんやこれという不思議な味なのであるが食べているうちになじんできて美味しくなった、中には色々な豆が入っていて一番が小豆である、甘くない小豆なんてと思うかも知れないが小豆とココナッツミルクがこのカレーのポイントとなっている気がする

このカレーは病みつきになりそうなのは間違いない!カレーと言うより辛い目のカレー味のスープと言った方が良いかなあ

もう一つのカレーは日替わりカレーのチキンとジャガイモと野菜のカレーでどちらにもパクチー(香菜)が入ってい良い意味でのアクセントになっている、ここの定番は多分チキンかキーマだと思うのだが

一つだけ気がかりなのは容器、韓国料理の冷麺の鉢もそうだがこの薄いステンレス製の器が苦手である、まだ盛りつけ用としてなら許されるが口に持っていくとき何故か口元が「キュゥ〜ッ」となるのである
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by PUSH-PULL | 2005-03-30 08:48 | うまいもん | Comments(8)

しまい忘れ

b0057679_8585944.jpgあてどもなく
この建物は引っ越ししてしまって今は空き家である、しかし窓から1本のコードが未だに垂れ下がっている、このコードに通電したらどうなるのだろうか?ひょっとしたら残された機械が突然動き出したり、部屋の照明が点灯するなんて下らぬことを考えながら撮した訳なのだが

ビニールテープが撒かれていてコンセントかプラグか判らなかった、コンセントなら小さな裸電球を差込み点灯しずっとぶら下げておきたい「忘れんといてなあ〜」

差し出した物が何故か無視され、周りの人に判らぬように何とか元に戻したことがないだろうか?
発言したのは良いがタイミングが悪く誰も聞いていなかったり、あるいは場違いな発言で顰蹙を買ったりと、しかし振り返ってみるとタイミングを損ねるのはこちらが人の話を聞いていないか鼻から無視されているかどちらかである、後者の場合は日頃の態度が問題なのでこればっかりは嫌われているか、ほとんど気にも掛けられていないと思って差し支えない

前者の場合、これが仕事話となると対話も重要になりタイミングは大事である、もう一つは最初からこちらの話に引きずり込んで話し続ける方法もあるが、へたすると結局単なるおしゃべりで嫌われる可能性大、ひょっとしたら私もその系統かな?

しかしこの垂れ下がったコードに偉く哀愁を感じるのは何故だろうか?行く当て場もなくただ存在するだけ、出してみたものの仕舞うタイミングをわすれて・・
如何に主張をしようにも誰も聞いていない「モノの哀れは己にあり」
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by PUSH-PULL | 2005-03-29 09:07 | 写真 | Comments(0)
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痛快無比
4年ほど前に日本に来ていたが関係者では知られていたとか、しかし2003年にアメリカは彼の市民権を剥奪しパスポートを無効とした、おかげで昨年7月14日に成田空港からフィリピンに出国しようとして入管法違反の疑いで東京入管成田空港支局に収容されてしまった

それ以後は世界中から彼へに嘆願が日本に寄せられた、ビックリしたのは羽生名人が小泉宛に「チェス王に日本国籍を」なる嘆願書を出したことである、内容はモーツアルトは生前はろくな人間でなかったがあれだけ素晴らしい作品を残している、だからボビー・フィッシャーに日本の国籍を・・・

8月になって日本チェス協会の渡井美代子事務局長とボビー・フィッシャーの婚約発表、渡井さんによればフィッシャー氏は朝食で追加のゆで卵を頼んで監視人と口論になり口論はエスカレートしてもみ合いになり、フィッシャー氏は独房に入れられた

さらに凄いのは北朝鮮拉致問題でジェンキンス氏が来日したのは7月18日、ボビー・フィッシャーが成田で収容されたのは同13日、アメリカ政府がジェンキンスの脱走の罪を一時期反故にして曽我一家のために自由の身とし、その交換条件として国家反逆の罪に問われているボビー・フィッシャーの身柄を渡す要求を日本政府は受け入れた、なんて話があるのだが真偽のほどは定かではない

彼は過激である「私はユダヤにねらわれている、そしてアメリカはユダヤ人によって支配されている」と言う彼自信がユダヤ人である、また911の時フィリピン滞在中の彼は「素晴らしいニュースだ」メッセージを出したとか

b0057679_739460.jpgその後日本の国会でも審議されたがアメリカに強制送還されようと進められているさなか、アイスランド政府がフィッシャ-氏の受け入れを表明したのである。昨年12月15日付で同政府は同氏の入国を認め居住許可を与えることを発表。旅券を保持してなくともアイスランドに入国できること、入国後希望があれば、外国人用の旅券を発給することも確約した、そして先日アイスランドの国会で正式に彼の市民権が認められ日本側に通達、晴れて成田を旅立ったというわけ

成田空港に到着したフィッシャー氏は記者団に「これまでの拘束は逮捕じゃない誘拐だ」「全部でまかせだ、ブッシュと小泉は戦犯で絞首刑にされるべきである」また「日本を出国出来ることになって本当にうれしい、日本はいい国だが指導者が犯罪者だ」と過激な発言をして去っていった
デンマークに到着後、自家用機が手配されアイスランドの米陸軍基地の近くのケプラーを避けレイキャビへ向かったそうである

日本政府としてテレビで見るあの凄い顔の法務大臣のコメントも渋々認めたような内容だったが、ひょっとしたら戦後始めてアメリカにNOと言ったのかも知れない、しかしマスコミ相手とはいえ様々な暴言を吐き名指しで政治家をこき下ろすのは溜飲が下がる思いだが、彼なりの過去の実績と自信があるからに違いない

もう一つ、これだけバッシングされながらアメリカで彼をモデルにした「ボビー・フィッシャーを探して」という天才チェス少年を描いた映画が1993年に作られているのです
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by PUSH-PULL | 2005-03-28 07:45 | Comments(0)
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チェス
少しでもチェスをやったことのある人にとっては長嶋よりすごい人なのである、しかし私はチェスを何種類か持っているが(上はその大理石製)まったくもって弱い、早い話が碁も将棋も弱い、少しだけ人とまともに打てるのは麻雀ぐらいである、ゲームが好きでカードだと花札、本引き、カブ、ポーカー、ブラックジャック、ページワン何でも博打にしてしまうぐらい好きだった、この「だった」というのはもう何年も賭け事をやっていないからである

ボビー・フィッシャーなる人物がここんとこ新聞TVを賑わしているので調べたら「おもろい!凄い!」のである、チェスの元世界チャンピョンは先日やっと市民権を得て成田からアイスランドへ旅立った

始めに彼が日本にいたことに先ずビックリ、簡単な彼の略歴を探してみた

Robert James Fischer、伝説のチェスプレイヤー、1943年生まれ、アメリカ・イリノイ州シカゴ出身、14歳からチェスの全米選手権で8連覇、1972年には世界選手権の王座につく、冷戦下の中30年の長い世界王者のソ連を破ったとあってアメリカで国民的英雄になった。
1975年のリターンマッチの運営方法をめぐって世界チェス連盟と対立し対局を放棄して姿を消し消息不明に、このときの賞金が15億ほどだったが、彼曰く「私はアメリカのためにチェスをやっているのではない」と発言し今度は総すかんを食らう。

1992年にユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)で、1972年の世界選手権で破ったボリス・スパスキーと再戦して勝利し335万ドルの賞金を得たが、当時アメリカはユーゴスラビアを経済制裁の対象としていたため、起訴され事実上の国外追放処分となり、再び消息不明となっていた、しかしその時の対戦相手も審判も誰も罰せられていない
元世界チャンピオン・スパスキイ氏からブッシュ大統領宛ての手紙がJCAに届き、アメリカ大使館にもって行きました。スパスキイ氏は「もしフィッシャー氏と同じ罪を犯した事になるなら私を捕まえてフィッシャー氏と同じ刑務所の部屋に入れて下さい。そのときはチェスセットを差し入れて下さい。」と書きました。(1992年フランスのミッテラン大統領はスパスキイを罰しませんでした。)
つづく
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by PUSH-PULL | 2005-03-27 08:36 | ご託&うんちく | Comments(0)

水たまり

b0057679_1134265.jpg虚像
この3月はよく雨が降る、もう桜も咲こうかという季節なのにこの肌寒さは何としたこと、おかげで富山はまた雪が降っている

昨夜銭湯で出会った同じ町内のおっちゃんは明日の花見の話をしていた
「えっ?花見、明日むっちゃ寒いで」「でも早ように決まってるから仕方ないねん」「何人ぐらい集まりはるのん」「そやなあ、ジジババばっかりで五〜六十人ぐらいかな」「すごいようさん集まるねんなあ、でも明日さむいやろなあ」「弁当食べるだけが目的やから」「でもあの公園そんなに桜あったかな」「・・・・?」

大阪の町のど真ん中でも小さいときは近場に沢山水たまりやため池があった、源五郎や訳のわからん小さな魚が泳いでいた、コンクリートやドラム缶の防火用水は夏場になるとボウフラが一杯で蚊の免疫は直ぐに出来る、用水の水の上に薄く油を撒くとボウフラは絶滅するが目的が防火だけに甚だ問題だ
勿論回りの道はほとんど舗装されておらず、風の強い日は家の畳は細かい砂だらけ、足の裏は真っ黒、掃除機もなく座敷箒で掃くのだがなかなか砂は取れない、そこで新聞紙を細かく裂いて水に浸して軽く絞って畳にぶちまけおもむろに箒の登場と相成る

勿論子供達は誰もが日焼けで黒く、今から考えると皆んな薄汚れていたような気がする

冬の水たまりは薄氷り、見つけると我先に走っていき足で踏みつぶす、本当に寒い朝はとんど(たき火)に石を入れ熱くなった頃を見計らって取り出し新聞紙でぐるぐる巻にして懐へ、インスタント懐炉のできあがり、しかし石が熱すぎたり新聞が少なかったりすると直ぐに懐から煙があ〜!

水たまりに映る景色は面白い、切り取られた風景が私の動きに合わせて動き出す、少しでも風が出てくると景色は訳の解らない模様になる

「からころからころから おっと危ないそこは水たまり」確か七変化狸御殿で美空ひばりが道中シーンで唄っていたような気がする
しかしこの程度の水たまりでは水に映る己の姿に見とれて水仙になることはでけんやろなあ・・・
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by PUSH-PULL | 2005-03-26 11:40 | 写真 | Comments(0)

ライブドア

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マネーゲームの終末
私はサンケイが嫌いである、おぼろげな記憶をたどれば高校時代に理不尽な世の約束事に馬鹿げるぐらい腹を立てた、大学のML研で政治の勉強を始めた頃、産経はあの文化放送から来た「二黒会」(池田勇人支援の会)のメンバーでもあった水野成夫が社長に就任していた、やったことと言えば自民党と財界支援の為の組合つぶしでことごとくリベラルな社員は潰されていった、その後は「正論」や「新しい教科書をつくる会」の出版にかかわるなど、超保守派のお先棒を担ぎ「政財界の御用メディア」になった

その後フジテレビや文化放送、ニッポン放送でフジサンケイグループを結成するが、特定の政党を支援し特定の教科書を出版することは、免許事業でもある公共の行為とは思えず、今になって又ぞろ「公共」なんて言葉が出てくるとはホンマに笑ってしまう

水野は赤字と病気が重なって降板、そして鹿内(しかない)信隆の後に息子で私と同世代の鹿内春男に交代、彼は能力主義を取り入れ組合員(日枝、横澤などなど)を呼び戻し路線を180度転換、それからはお笑いに等に力を入れひょうきん族などで今の興隆の基礎を作った、何で彼のことをよく覚えているかと言えば、同年代でしかも88年に私と同じ病の「ウィルス性肝炎」で43才の若さで死んでしまったからである、同じ病で私より先に死なれると非常に気になるものである

さて話はこれからなのだが、昨日のニュースのあまりのバカバカしさに驚いた、ソフトバンクの系列会社がフジのお助けマンに登場!
あれほどフジの日枝はITをぼろくそに言っていたのにその先駆けたるソフトバンクに頼むとは何事ぞ、と言っても私にとって株話ほど無関係でアホなシステムはない、本来「株」とは新しく創業する会社のための支援であり自分が投資した会社の利益から配当を貰うのが本来の姿なのだ

今の株式は本来の株とは無縁のシステムで投資のための売買であり会社が何を作って売ろうが何の興味もない、「株」そのものは値上がりすれば利潤こそ生まれるがお金以外何も残さない、早い話が右肩上がりでなければ存在しないシステムで平行ならば儲けと損失を差し引きすると必ず手数料のマイナスだけが残されると思うのだが如何だろう?

孫正義(ソン・ジョンウィ)のデビュー時は世界から時代の寵児と持ち上げれ私から見てもまばゆいばかりの存在であった、その時は少しだけ背が高く見えた気がしたが今見るとやっぱりTV向きではない、その後今回のライブドアと同じようにあの好戦的シオニストのマードックと組んで朝日放送の乗っ取りを画策し莫大な利ざやを稼ぎ、きっちりとJスカイBのへの協力を取り付けている

野球騒動の時は面白おかしく堀江の動きに興味を持っていたが、ここに至っては「ああ、やっぱり」だである、この手の人物はイラク侵略や北朝鮮問題はあくまで一つの社会事件として捉えるだけで、人間の本来の生き方なんぞ考えることもなく思考そのものも邪魔なだけであろう、余談だが堤の拘置所での発言には驚かされます(一つも悪いことをしたと思っとらんのだ!)
彼等は儲かることなら何でもやりそうな脳みそを持っているに違いない、後出しとかなんだかとは関係無く勝てばいいわけで、世界最大の金持ちビルゲイツとマックの関係もしかりである

しかし気になるのはソフトバンクが何時も後出しじゃんけんでほとんど無審査で福岡ダイエーを手に入れ今回も最後にホワイトナイトで登場したのは、直ぐに判るであろうが孫氏と財界との裏での繋がりが有ると思われる

それにしてもホワイトナイト(これは白夜ではなく白馬の騎士らしい)だの焦土作戦だの、死語に近い稚拙な言葉が兜町にあるのには驚いた
あかん!株の話はブログに書かないつもりだったのに頭に血が上ったか・・・反省
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by PUSH-PULL | 2005-03-25 11:41 | カルチャー | Comments(2)

魚眼

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180度
さてこれは何ミリなんだろうか?他人様の作ったレンズを拝借してデジカメのレンズの前に当てて撮影、このレンズは私の参加する酒飲み会(但し会員のごく一部ですが)、もとい!手作りカメラの会の会長の作品である、ニッコール8㎜の円形魚眼用ファインダーを模してドアスコープにシューを取り付けられている

余り広角過ぎてカメラをもつ私の手までがハッキリと映っているのには恐れ入りました、ファインダーとして作られたレンズをカメラに使ったが映った絵を見ると結構面白い、それに広角になればなるほど焦点深度が深くなりピントは合わせが要らなくなる

魚眼とは不思議な世界である、180度広角の範囲で映るので絵が肉眼で見るのとおよそかけ離れているのだが、情報量が圧倒的に多くドアスコープとしては隠れる場所がない

防犯用のカメラレンズもかなり広角だがここまで広げると非常に見にくいので少し控えている、昔々ヨーロッパで防犯用にガラス球を鏡にした珠を部屋に吊していた、何処から進入してきても見えるという訳だが今ではインテリア小物として作られている

勿論fisheyeと言うことだから本当に魚の視角はこんなに広いのだろうか、もしこのまま見えるとしたら大変である静止画なら兎も角動いたら距離感がめちゃくちゃになって、酔いそうになると思うのだが魚が酔っていては始まらない

魚の視力は0.1〜0.2ぐらいらしく、人間と違って水晶体の厚みを換えるのではなく位置を移動してピントを合わせているとか、ハテサテ便利なのか不便なのかよく解らない
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by PUSH-PULL | 2005-03-24 09:46 | 写真 | Comments(0)

立ち飲み

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ここが?
これは北新地ではない、ミナミの東心斎橋の道路に面したれっきとした立ち飲みである、何処が立ち飲みかというと扉が無く大きな暖簾で出入りし椅子がないからである

立ち飲みとは勿論立って呑むから立ち飲みであって、屋台のように暖簾だけで入っても座ったら座りのみ、寝転がったら横飲み?行儀作法としては甚だ下品な飲食であるが、これはこれでまた一つの文化を生み出している、天満あたりでは「立ち飲みジャーナル」なるミニコミ誌もあるぐらいでそのフレームは広い

立ち飲みとは下町の酒屋さんのカウンター、仕事上がりのおっちゃんが小皿の上のガラスコップになみなみと日本酒を注いで貰う、表面張力で盛り上がったところへ体をかがめ口から迎えに行く「くあ〜っ!」これが正しい立ち飲みである、そして少し呑んだら小皿に溢れた酒をコップに戻す、小さな小皿に入れて貰った塩豆かガラス瓶に入った甘辛いスルメあたりが肴によい

どうも立ち飲みとは「パブ」のことらしい、イタリアでは「バール」で繁華街にはお洒落なお店がいっぱいある、ビールぐらいだとどの国にもあるので注文は出来るが直ぐに話しかけられるのでそれからが大変だがヨーロッパでは立ち飲み立ち食いが日本以上に盛んである

しかしこんな綺麗な女性がいる立ち飲みがあるなんてちょっと信じられないぐらいだ、
東京や福岡あたりでは「角打ち」と言うらしく語源としては升酒の角に口を当てて呑むことから来ているとか・・・しかし大阪では言わない

ここまで書いて申し訳ない話だが私は正統派の立ち飲みよりも、邪道かも知れないがこんな女性がいるお店のほうが良い、立ち飲みの良さは椅子が無い分、2坪もあれは7〜8人も入れすこぶる安心価格なのである、生ビール350円、たまに覗く梅田のヨット界の著名人のお店セブンシーズでは早く行くとビールが100円安くなる、そして梅田高架下辺りには何軒もの立ち飲みがある「北斗」「北海」「樽」「毎日」有名な「サンボア」・・・そして誰もがご存じの串カツ屋がズラリ!

写真で判るようにこのお店はホッピーを始め、サントリー角のハイボールでも何でも作ってくれた、勿論写真はブログに載せる了解を貰ってるのでご心配なく、しかしよう考えたらこのブログに人の正面写真を載せるのは始めてだ、最後に付け加えるが右側の女性はこの店の共同オーナでもある、日替わりでアルバイトの女性がヘルプで入っている、我々が呑んでいると花束を持った女性が入ってきた?と思ったらそのオーナーの敦子さんの誕生日でだそうで別の日の美人の女性が祝いにやってきたというわけ

今や立ち飲みは様変わりしているというか、若者向けのお洒落でリーズナブルな別の文化が芽生えてきているのかも知れない、しかし私には立ち飲みは正直疲れます
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by PUSH-PULL | 2005-03-23 09:02 | うまいもん | Comments(4)

アートシーン

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スペースとは
思いっきり手ぶれ、ストロボを焚うにもバカチョンデジカメには遠すぎた、昨日日本橋と谷九の間にある「應典院」へ友人の展覧会を見に行った、彼女は真っ赤な糸のインスタレーションの作品だったので撮影は無理、同時に展示していた荒島さんの作品がこれ

應典院(おうてんいん)は変わったお寺で、こういったホールをもつ劇場寺院とかで浄土宗大連寺と言いNPO活動もやっている、以前に維新派の出版パーティーの時に覗いて以来だが、どうもお寺というスペースは落ちつかないのは私の不信心?逆に言えば落ち着く人の気が知れないと言った方が正解かも知れない

勿論近郊に著名な寺があり小学時代から遠足と言えばお寺だった、行っても少しも面白くなく好きになったのが大学で彫刻を勉強し始めてからである、学生にはお寺も親切で普段薄暗いお堂の扉を全開にして明るく拝顔出来たりする、しかし授業の一環で訪れたお寺は新薬師寺の十二神將だったりで時代背景も置かれている像も違う

新しくモダンなお寺が各地に造られ比較的若い住職が文化芸術を語るがイマイチなじめないのである、特に政治問題や宗教問題に至っては問題がある、別にお寺に駐車場を作ろうがホールを設けようがかまわないがね

しかしそのモダンな不気味な建物を自慢するに至っては問題外である、オウムが上九一色村に作ったサティアンに安置?した仏像に至ってはまるで安物の遊園地状態で笑ってしまったが、いっとき世間を騒がせた足裏占い「法の華」の建物に至ってはあまりの豪華さに絶句した「みなさん、最高ですか!」

應典院さんには申し訳ないが(建物はお洒落です、はい)新しい宗教団体の建物は何故ああまで不気味なのであろうか、建物を見たら信心も萎縮すると思うのだがね、金ぴかのバカでかい観音さんを大金を使って作る人も信じられないが、それを見に行く人が多く観光として成り立っているのはいよいよもって末世である
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by PUSH-PULL | 2005-03-22 09:46 | アート・デザイン | Comments(0)

きりっとカメラ目線ののらら


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