写すこと←→視ること その13

b0057679_8402119.jpg
加工
写真という表現は何処まで加工が許されるものなのか?といつも考える
報道としての写真の場合は後で加工するのは色々問題があるが、それでもトリミングされプリントされるときには明るさやコントラストが調整されている

何処ぞのお偉方の写真のように影の角度が違うとかライブ写真かどうかが問題になっているが、今時のアプリケーションだったらフィルム時代と違って自然な合成加工は私にも簡単にできる、そんな素人にも判るような合成写真を発表するだろうか?
なんだかワザとエサを投げ、マスコミに取り上げられるのを楽しんでいるのではないだろうか、自慢げにしゃべる自称評論家のように鬼の首を取ったように写真のアラを突き回すのは視ているだけでも笑ってしまう

これが女性タレントを使った宣伝になるとポスターからCMまで修正していない媒体を探すのが難しい、TVの生放送ではどうしようもないのでデジタルで撮影感度が良くなったとはいえ火傷するのでは無いかと思うようなシワ隠しのライティングを施す、ひょとしたら気にする余り表を歩くときも照明係にスポットを持たせ前から照明を当てているのでは思うぐらいなのだ

一度ここでも書いたが、ドキュメント映像とは非常に危険である、まずトリミングという行為で作者の意志が入りフレーム以外には暗幕がかけられてしまう、カメラマンの感性が良いとより以上のインパクトが出て説得力が増加するが、一つ間違えると違った方向へと導かれていく

写真も含めて最近のマスコミは上からの情報をそのまま検証もせず流すことが多く、報道の誤報が堂々と1面を飾る、政治家に対する質問などはまさにやらせの茶番劇でそこにはスクープなどと言うもはまず生まれてこないのではないだろうか、あの返事で誰も突っ込まないとは、これでは「ボケ」ばっかりで舞台に上がることすら出来ないのである

b0057679_8405120.jpg

[PR]
Commented by noriko_muratani at 2008-11-29 23:13 x
真っ赤な葉っぱから向こうを見る、このアングルいいですね。
冬の日差しがまぶしー
Commented by PUSH-PULL at 2008-11-30 08:51
私の大好きな「ハナミズキ」の葉っぱです、都会では借景を美しく取り込むことが出来ないのでどうしてもこんなアングルになってしまいます
早朝ならではの光かな
by PUSH-PULL | 2008-11-29 08:51 | 写真 | Comments(2)

公園で久しぶりに会ったミニピンの太郎君、商店街に昔からあるお茶屋さんのわんこ、気が向くとこうして飛んでやってくる


by PUSH-PULL