ライカ話

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これって贅沢?
先日久しぶりにバルナック型のライカにモノクロフイルムを入れ撮影した、普段使っているバカチョンデジカメに比べるとフィルムを入れる時や撮影するのに色々と手順があるのだが、シャッターを切るとこれがたまらないのである

しかし残念ながらいざ撮影となると普段オートマチックカメラを使っているので、長年培った体内露出計の電池に錆が出てまるで使い物にならない、もう一度マニュアルカメラで充電する必要があるのだが仕方がないので手持ちの小型露出計を恥ずかしながら誰にも判らぬように取り出して使う羽目になったのである

ライカを入手したのはもう10年近くになる、京都を離れデザイン事務所に勤めるようになってからやっぱり自分のちゃんとしたカメラが欲しくなった、安月給を少しずつ貯めさてカメラを買う段になって迷ったのがライカにするかニコンにするかであった、すぐに買うことが出来なかったのは飲み代だけはちゃんと払っていたのでなかなかカメラ代が貯まらなかったこともある

昔、兄がニコンF2を持っていたので何かの時はいつも借りたのだが、非常に高額だったこともあり丁寧におそるおそる使っていたがそれでもニコンは取っつきやすかったことは事実、ライカを諦めた原因の一つはカメラは買えても交換レンズをそろえるだけの手持ちが足りなかったのが第一である、と言うことで買ったのがニコンの1眼レフカメラF801S(1991年発売)である

それからステレオ写真にのめり込んだ時に殆ど偶然に近い形で「大阪手作りカメラクラブ」入ったのだがお陰でクラシックカメラに接する機会が増えたが私の場合はクラシックと言うよりも中古カメラと言った方が正解、ステレオ写真の師でもある赤瀬川源平氏の本が大好きで片っ端から読んだのだがその中でライカが無性に欲しくなった本が尾辻克彦の名で書かれていた「ライカ同盟」である、そう まさに私自身がライカウィルスに感染してしまったのである

こうなるとどうしてもライカが欲しくなる、同じカメラの会にこられていた時計業を営む方から格安で分けて戴いた、写真のレンジファインダー(距離計連動)のLEICAⅢC改Fでこれが私の最初に手にしたライカである
どの辺りが改Fかよう判らんのだが、製造番号の416233から判断すると驚くほど古く1940年に始まったⅢCの1946〜51年製造と思われる、しかし作られてから60年以上も経ってカメラとして何の問題もないのがライカのライカたる所以である、しかし巻き戻し切り替えレバーの段だのシャッター速度だのフラッシュ言い出すと余りにもライカオタクになりそうなので・・・・中断

b0057679_8264660.jpgレンズの方はバルナック型ライカと言えばの沈胴式レンズのエルマー5cm・F3.5だ!、この沈胴式というのが大好きで撮影しない時はレンズをボディーの中に引っ込めることが出来るのである、そういう意味ではジャバラカメラのレチナも大好きなカメラである

このレンズは今時のレンズのように簡単に装着できない、つまりネジ式でぐるぐる廻してはめ込むのだ、古いレンズでも何故か旧ソ連のライカもどきカメラゾルキー(日本を初め世界中にライカコピーがある)に付いているレンズの鏡胴(沈胴式でカメラボディにしまわれる部分)は中古で買ってもピッカピカで真っ新なのが不思議である

金属カメラを手にするとたいがいの人の第一声が「重い!」で笑ってしまう、別に何キロもある訳ではなく写真のライカで約600グラム、この重さが重要で確実に手ぶれを防ぐのである、しかし最近のデジカメあたりはカメラの命である手ぶれ防止装置まで付いてしまったから、残念ながらこの重さも発言しにくくなってしまったのだ
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by PUSH-PULL | 2007-06-01 08:55 | 写真 | Comments(0)

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