物作りの始まり

b0057679_9572325.jpg
傘がない
選挙が近い、シンタロウだのシンゾウだのファンドだの原発事故隠しだの狂い始めた新聞ネタでブログを書き上げたが、自己満足はすれど少しも気分が晴れぬので今から書き直す、どの政党も余りにもひどいが選挙だけは行くことにした

見えている現象だけを書き留める
はっきりしているのは日本と言う国の考えることの放棄である、かって「メイドインジャパン」と言う「安かろう悪かろう」の後素晴らしい物作りと一緒に「Japan Bashing」があったが、今やそれが「Japan Nothing」に変化した
折角安物イメージを払拭し世界に日本の技術ありと思っていたらあっと言う間に下り坂、その判りやすい例が危機管理と生産管理の崩壊である
もう一つは慰安婦・沖縄自決・靖国合祀などに現れているように、コイズミ以後のあからさまな軍国主義の復活である、表向きは柔らかに語っているが底辺には戦後ずっと続いている旧軍部の戦争批判に対する根強い抵抗が表に出てきたのだ
そこには物作りの思想などはそこには存在せずバブル以後のなりふり構わぬ金儲けと規制緩和がパンドラの箱を開けてしまったのである

今蛇腹カメラをちまちまと作り始めているのだが、失敗の連続で自分ながら驚いている(笑)つまり大昔のレンズに蛇腹を付けニコンの1眼レフデジカメに装着し撮影しようと言う壮大な計画で、出来上がったら堂々とこのブログで発表しようと思っているのだがいつになるやら・・・・
デザインの仕事が生業なのであらゆるアイテムの物作りに対応できる技術力は身につけているのだがどうしたんだろ?

理由は失敗して直ぐに気づいたのだが自分のことになると頭の中で考えはすれど図面を引いたり細かいディテールを描かないのである、ここ数年前からたまに作る自分の作品
制作はもっとはっきりしていて、ぼんやりしたイメージの中で形が現れるまであらゆる試行錯誤を何度も何度も繰り返している、それがスケッチだったりエスキースだったり色々な形で現れ消える

図面が下地の制作や粗筋をたたき台にしたストーリー作りや、商品とそれに関するマーケティングが合っての企画書作りとは明らかに思考が基点がまるで違うのだ

理詰めの思考回路は間違いの訂正に役立ちはするが、新しいモノの誕生には何の手助けにもならず逆に制作の妨げになることもある、
カメラ作りは基本が少し違い間違いはすべて原寸あわせに合ったのだ(笑)頭の中で出来上がっていてもいざ作り出すと間違いだらけでいかに頭の中のスケッチブックあるいは図面の容量が小さいことに驚かされるのだ

そういえば茂木氏のプロフェショナルで宮崎駿の新しいアニメが生まれるまでをやっていたが、宮崎氏がアニメのストーリーから入らないことにびっくりした、つまり最初に1枚の絵が浮かびそれを具体的に書き上げていく作業から始まる、それが今度の可愛い金魚姫「ポニョ」なのである、彼がイギリスの美術館で見た写実主義の絵で今までのリアルに描く手法を諦め次の素朴なスタイルを模索するという、考える対象が私から見るとかなり高度で少々とまどってしまった、と言うかアニメ制作と名画の完成度を同じレベルで見られる所が凄い

彼が言う「脳みそに糸を垂らす」とは意識の領域でないところをさぐる訳でこれはとんでもない作業である、確かに理屈で考えたモノは面白くないことだけは確かだ

残念なことに私の脳みそは肉眼で底が見えるぐらい浅いので新しいモノを探したって出てきそうにも無いのだ(笑)
[PR]
by PUSH-PULL | 2007-04-01 10:06 | 写真 | Comments(0)

のららのチェシャと ますます接近中


by PUSH-PULL