黄砂

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人間依存
「おうさ」と読みかけたら頭蓋骨にひびが入りそうになったのでこれは笑うしかない、いよいよボケ力が身に付いていたのだろうか、いやこれは単に国語力が身に付いていないと言った方が正解である

中国に関することに「こう」が多いような気がして調べてみたが関係ないようだ「黄河」「黄砂」「黄道」「黄門」「黄金」「黄玉」「黄疸」「黄麻」

先日の新聞で「オーライ!ニッポン大賞」なる山漁村活性化のコンクールのことが載っていた(初めて知る)、その中で養老氏の講演内容が過激だった、最近は「知るってどういうことですか?」「知るとは変わることなんです」なるCMで出ていてすこ〜し心配していたのだが健在です

都会は石油がないと成り立たない、最近は田舎も都会化され車がないと暮らせない、ならば石油エネルギーと代替エネルギーを考えねばならぬと思いきや、石油が無くなっても代替エネルギーを考えない方がいいときた
後ろの方にも繋がるのだがエネルギーを使うと人間はさぼる、だから都会人は体を使わない、おまけに皇居の周りをジョギングしているが全然推薦しない、運動とは固さの違う地面を頭を使って歩くことである、田舎の田んぼやあぜ道、石ころの道を歩くと歩き方が違う、体を動かすとは頭を使うことである

凄い切り口で極端だがそれなりに説得力がある、エネルギー依存から人間依存へと変えなければいけない、都会で働く人は頭が固い、頭が変わらないと世界も変わらなず変化のない生活は生きていても面白くない、体を使うことをやらなければ

そういえば少し前の本だが養老さんと宮崎駿の対談「虫眼とアニ眼」という面白い本があったのだが、最初の挿絵の幼稚園を思い出した、彼の言葉を裏付けるようなレイアウトで思いっきり楽しそうである

もう一つ、「便利なもの」は人をものぐさにする、助けてくれと言う人を助ける「必要なもの」をつくるべきとテレビで発言していた三鷹光器の会長の中村さんはユニークである
宇宙開発から脳の手術用顕微鏡までとんでもないレベルの高い精密会社なのだが入社試験に近所の定食屋で箸を使って焼き魚をたべさす、その食べ方で神経質で技術者に向いているか判ると言う、今まで一人のハズレがないとかで言われてみると納得する所が多い

しかし工作好きの私がもし若くてこの会社に受験出来たとしたらどうだろう?なぜならば秋刀魚クラスだと骨まで全部食べて辛うじて頭の一部としっぽの先が残されるだけなのである、これは性格が緻密とかれ手先が器用とか言う以前のレベルで単なる魚好きで終わってしまい採用されないのかなあ〜心配だ、ほんまは無茶器用なんやけど
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by PUSH-PULL | 2007-03-29 08:50 | 写真 | Comments(0)

公園のライダーキャッツ


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