光と影

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残り火
携帯で撮った写真なのだがパソコンに取り込みモニター一杯にして見ていたのだが、縦横も判らずなかなか何を撮影したか、こんなことは初めてである
山に入って山野草や町の道ばたで咲いている小さな花を撮ったときに名前が判らないこは度々あるが、花だと言うことだけは判る(笑)

画像ソフトで画像を明るくして初めて囲炉裏の残り火らしいと言うことに気づいた、それまでは光の差す穴を下から見上げた絵に見えたのだが経験値としてそんな場所に行った記憶がない、しかしこの火を写した時をはっきりと記憶していない

携帯には画像フォルダーが何個かある、携帯購入後の1年弱の間に撮影した絵が入っているのだがこれはちゃんとminiSDカードに収納されていたから撮影したときに大事と思ってちゃんとメモっていた訳だ

人間あるいは自分自身、火を見ると今までにない興奮がある
大きな火の場合は破滅・破壊に対する共振が派生し興奮し始める、火が収まってもふるえが止まらないことがある、家庭で直火(火鉢・こたつ・とんど)を使うことが激減し火災を見ることはほとんどない、しかし昨日のTVから流れる神戸震災の映像は一瞬にして地響きで目覚めたのを思い出させた

私の家は各部屋の土壁の損傷と屋根瓦のずれ程度で収まったが、電気が復旧してからモニターに写る大火には何とも言えない震えが体全身を覆ったのだ、全世界が別の次元に飛び込んでしまった空間と時間、私の家の近くでも微少な被害ながら道路では水道が吹き出し土埃と共に瓦が落ちている、僅か10数キロ先では高速道路は倒壊しその先には延々と町が燃え続けている

何も出来ずただ家に閉じこもり自己保身にゆだねずっとテレビを見続けていた

ところがこれが小さな火になると安心と穏やかさが生まれる、火鉢やいろりの炭火はいくら見ていても飽きない、頭の中でどうすれば火が長持ちするか考えている、薪ストーブのぱちぱちはぜる音と独特の放射熱によるぬくもりは眠気を誘う、炭窯を開けたときの中で真っ赤に揺らめく陽炎の光は何にも代え難いほどの美しさがある、あの光はちょうどガス溶接の時の鉄を真っ赤に熱した時に似ていなくもない

一歩間違うと放火魔と同類の感覚?

最近子供の教育に関して無茶苦茶な大人の暴論が飛び交っているが、一つだけひっかかったのは「かけ算の九九ではないが、小学校低学年時代にぶっ飛ばしてでも卑怯なことは絶対駄目、人に迷惑はかけないと言うことを体に覚えさせなければいけない」
ぶっ飛ばすだの体にと言う言葉にはいささか抵抗があるが、「人に迷惑を掛けない」と言うことは人間が生きるための基本である
説教じみてきたので・・・・The End・・・あるいは「ハートに火を付けて」ザ・ドアーズ
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by PUSH-PULL | 2007-01-18 09:30 | 写真 | Comments(0)

公園ののらら、朝ご飯が運ばれるのをみんなで待っております


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