性格とは変わるものか

b0057679_903375.jpg
整理整頓
9.11で書きたいことが沢山あるのだが敢えて遠回り

この風景はブログで度々書いているのでまたかと思われるかも知れません、写真を見ると判るように同じ場所に生活していても性格というモノはなかなか変わらないようで明らかに違う

右のお家は最近どんどん家財道具が増え寝室がどこにあるのか判らないぐらいだ、以前は何もせずにタダウロウロしているだけだったのだが1ヶ月ほど前から少しだけ缶集めをするようになった、しかし収集癖だけは相変わらずで今まで缶だけを集めなかったのが不思議なぐらいだ、傘約10本以上・魔法瓶5,6個・釣り竿・・・小物は数知れず飾られている

お二人ともちゃんと調理し食事をしていてホットコーヒーまである、他の住民はすべて半強制的に引っ越しさせられてしまったが今は3人だけ、引っ越ししたその中の一人は何時もドリップでコーヒーを点てていた

左のおっちゃんは時間があると何時もこの公園を丁寧に掃除している、おかげで公園を管理するグループから何時もお弁当を貰ったり事あるごとに色々なモノをお裾分けをして貰っているようだ、もちろん何もしない右のおっちゃんもご相伴に与っているようだ

しかしここでの生活は大変である、夏は猛暑と蚊!真冬は吹きさらしの寒風、そして横殴りの雨、それでも携帯レイディオで野球中継を聞き競馬新聞を読んでいる様は一般と何も変わりはない

絵的には右が面白いのだが性格的には絶対嫌だ、ましてや身内で右と同じ性格の人がいると家庭内戦争のきっかけになり最終的には崩壊または冷戦を迎えることもある、私自身フロアーあるいは畳み等に直にものを置くことが嫌いで歩行の邪魔になり最終的には掃除もできない

過去にもかなりの人物に会っている、京都時代は食べさしのリンゴをそのまま仕事場で段々と朽ちさせる男、一緒に生活していたので最初は何度も注意していたが、一度自分で始末するまでほっておいたが結局最後はたまりかねて私が片づけることになった
流しやテーブルの上に食べ散らかしたラーメンのカップや食器を置きっぱなしの家で生活する息子と一緒に単身赴任してきた広告代理店のお偉いさん、洗面のカランに張り付きそのまま乾いてしまったタオルを見ながら生活していた著名な女流詩人、モノをどけないと座る場所が確保できない部屋で生活していたアーティスト

子供の頃は散らかすのは仕方がないとして(私自身が典型的な散らかしやで足の踏み場もない空間作りの名人だった)社会人になっても直らない人は私から見ると一種の性格破綻である
人と組んで一緒に物作りをするときは問題が色々起きる、モノを作るより道具を探す時間が多くなりストレスと時間のロスが発生する、昨年亡くなった親友の五里と一緒に仕事をする時は何時もお互い黙っていても道具は元の場所に戻し終わる頃にはすべて片づけ明日のために綺麗に掃除をする。理想的なペアで仕事内容以外の余分なトラブルが一切なかった

これが夫婦や親子となると毎日のことだからどのあたりに線を引くかが非常に難しい、散らかす本人は何の違和感も感じていないのが不思議なで、訊ねるとそれなりの言い訳をするとこが笑ってしまう「勝手に片づけると必要なモノがどこにあるのか判らなくなる」と非理論的な答えが返ってくるのである、整理されているほどモノは探しやすいのは当たり前なのだが本人の頭の中ではそのあたりが非常に曖昧なのである

結論を言うと右側の環境を造る人は絶対に自分から掃除や整理をしない、多分このブログを読んで耳の痛い人も何人かいるとは思う、だからといって潔癖癖のタイプは好きではなく苦手なのである、適度な曖昧さとファジーな感覚が大好きなのであるがいざ仕事となるとやっぱりある程度片づいているに越したことはない
「言い訳は要りません」(笑)
[PR]
by PUSH-PULL | 2006-09-11 09:20 | 写真 | Comments(0)

公園でたんまに合うモモちゃん、遊び好きのコーギーです、ご主人は美味しいもつ鍋屋に焼き肉屋を経営している


by PUSH-PULL