階段

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無限の時間
朝からバタバタしていてアップするのが遅れてしまった、今日のネタは大半は出来ていたのだが?、やっぱり仕事優先だったのかしら(笑)

上の写真は先日訪れた農林会館の階段で、もう一つが北堀江の「?」ビルの名前を忘れてしまった「階段=昇降用の通路」らしいがよく考えると、不思議な空間でそこで生活するのではないが生活に欠かせない構造体で、歴史上いつ誕生したのかは知らないが多分人間増加と集中が生みの親だとおもう

b0057679_14172024.jpg昔、阪神電車の地下2階から地下1階へ上がるとそこは地下鉄御堂筋線の南改札があり、そこから阪急電車乗り場の1階への階段が何故か好きだった、だいぶ以前に新しくなってしまい面影はない

何が好きかと聞かれると「人間と時間」と答える、自然石の階段が無数の人の上り下りで角が丸くなり通りやすいところがより丸くなり、人間工学というか人間の重力というか履き物の力に感動したのである

勿論デザインも素材も素晴らしくその階段を上ったところの吹き抜けは一度ブログに書いたが極彩色の天井と豪華なシャンデリアが吊され、その先に改札口がったのである、つまり今の阪急百貨店の1階に改札と電車乗り場があったわけで、40代以上の人だったら覚えているのではないだろうか?

よそ様にお邪魔したとき玄関が引き違い戸の家が沢山ある(実は我が家がそうだあのだが)時々普段使わないがを無理に空けられる御仁が時々ある、我が家の場合はいささか扉に問題があるので開けて欲しくない側の扉の前に植木鉢を置いて対抗している

何故こんなことを書いたかという、扉の手の当たる位置を見ると普段使っている側が一目瞭然にもかかわらず無頓着な人種が存在するのが不思議なのであるが、お茶を習うと何でこんなめんどくさいことをいちいちやらせるのだろうと最初の頃は悩んでしまうが、作法がある程度身に付いてくるとなるほどど思う節が解るぐらいに理にかなっているのである、勿論流派によってわざとらしいところもあって厭な部分は確かに存在するのだが、そこから先の茶道を語れるほど詳しくはない

京都時代に私の所に手伝いに来てくれていた若者で驚くほどバカバカしい話がある、私の頼みで東山三条に近くにある動物病院へ行かせたのだが、全面ガラスのドアを入るときは手を使って入ったにもかかわらず、用事を済ませて出るときに扉が開いているモノと信じ込み(本人談)全身でぶつかり膝肩肘おでこを使ってガラスを破壊し出てきたのである、かすり傷で済んだのは不幸中の幸いだったが(ガラス代は勿論弁償しました)通常では絶対にあり得ない行動である、私も年に一度ぐらいウィンドウで覗き込みすぎておでこをゴツンとぶつけることはありますがね(笑)

使い込んですり減った工具や包丁を見ると何時も凄い!と感動したのだが、最近何事も使い捨て文化で自慢にもならなくなってきたのが寂しい、しかしそれが多人数の行為によって成された摩耗を目にすると私の生きている時代を超えた時間を感じなんでかしらんけど嬉しくなってしまうのである
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by PUSH-PULL | 2006-02-23 14:25 | 写真 | Comments(0)

公園で久しぶりに会ったミニピンの太郎君、商店街に昔からあるお茶屋さんのわんこ、気が向くとこうして飛んでやってくる


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