ネッシー

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見慣れた物
死語と死後とではかなり意味は違うが何となく通じ合う物がある

死期の間際に枝語を私語で語り身内に叱られた・・・・う

この根とも木とも言えない直径約30㎝ぐらいの横たわる障害物の廻りには大きい木が1本も生えていない、右側は直ぐ側溝があり左は遊歩道、離れたところに数本の木が生えているがみんな太さが似たいよったりで細い、何度も見ていたのだが蹴躓いて始めて存在の不思議さに気がついた

ひょっとしたら日常生活の見慣れた風景のなかに不思議は数多く存在するのではないだろうか?以前取り上げたかなり人為的なトマソンの存在も発見したときは嬉しい物であるが、誰も多分気付いていない物の発見は又特別な感慨がある、内容が何の価値もなく無意味なほど嬉しくなる

これ一重に己の性格のなせるワザと思うが、同じバカバカしさを分かち合える仲間をに出会ったときは会話も弾み酒もすすむ、世の仕組み政ごとの悪巧みも同じ感性で多々見抜くことがある
「生活の中で、少しでも違和感を感じたら原因をとことん調べること、これは病の早期発見にも繋がる」

こと政に関しては口を大にして叫んでもなかなか通じない無力感はあるが、ここ数年何人かが白衣のお世話になっているが、全て早くから前兆が本人の意識せぬうちに現れている、本人は自分だけは大丈夫と思っているが結果的に手遅れ状態で末期的症状入院となり、治療も長引き苦痛を伴う

木の根一本でとんでもない所へ話が進んでしまって恐縮です、これもたまたま私が躓いたためで、なんだかんだと考えている間に、我が同居犬「犬々」はずっと先を嗅ぎ廻っていた
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by PUSH-PULL | 2005-03-06 09:47 | 写真 | Comments(0)

のららのチェシャと ますます接近中


by PUSH-PULL