人形

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待合室
人形って時々空間をねじ曲げる、置いてある場所によってこんなにも意味姓が変わるものなのか、可愛いパーケージで包まれ明るい場所で持ち主が現れるのを待っている時の華やかさはもう今はない

集中治療室の待合いの窓際に置かれたバラバラな人形達、勿論ここから先は子供の入室禁止、あやすため?それとも忘れ物?
それでも一応きちんと並べられている、誰が並べたのだろうか?

人形って特別な世界を作っている、生命の分身それとも魂
昔、東京へ行くたびに夜な夜な新宿あたりを徘徊していた、ちょっと異空間だった「ナジャ」で一人かろやかに踊っていたあでやかな人、あれが人形を作っている四谷シモンだよって教えられたとき、なんて華麗なっだろうと思ったものだ
金子義国、フェルメールの球関節人形、澁澤龍彦・・・今思うと、あの独得のぎこちなさは何だったんだろう、まるで熱病のように

シモンの人形には物憂げに閉じこめられた静止の時=あるいは死がある、だから辻村ジュサブロウのような妖艶なあでやかさ一切無い、独得の宇宙がひろがっている

男性が人形に関心を持つとき、フランス人形とはぜんぜん違った意味合いで作られているに違いない、作り手の指先から人形に生命が吹き込まれる

去年見た松本喜三郎のくそリアルな生人形にも驚かされた、特に1870年代に作られた人形達は、今のような樹脂や豊富な塗料もない時代に、生きているような透けて見える血管、ひげ、まゆ、陰毛、陰茎、この皮膚感は今の職人でも超難度のワザでもある、これが見せ物として作られたことにも驚きだが、四谷シモンの様な個人的な人形と又違って素晴らしい

でも今あげた人形達が自分の家にあるとしたら・・・私にとって人形がある生活はまるで想像出来ない、昨日からこの人形達とお別れしホッとしています
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by PUSH-PULL | 2005-02-12 08:48 | 写真 | Comments(0)

良い面構えののらら、私が口を鳴らすと少しだけ近寄ってきた


by PUSH-PULL