いつもの定宿ならぬ定銭湯に何人かあまり会いたくない人がいる、一人は私が水風呂に入っているときわざわざ手ぬぐいを浸けて洗ったおっさん、この人は5割ぐらいの確率で会うのだが一度注意したらそれ以後私を見ると睨みつけてくる
そしてもう一人が今日の男でもう半年近く会っていなかったので忘れかけていた、別に被害はないのだが振る舞いがほんの少し他の人と違う
まず風呂場に入ってくるときタオルも石けんも何も持たずマッパで入って来るところから気になる、そしてまず入ったところにある掛かり湯のシャワーで体に湯をかけるのだがここで彼は必ずしゃがむ
おもむろに湯船につかり目を閉じかなりの時間微動だにせずあごの辺りまで深々と湯につかる、私と言えばあっちに行ったりこっちに行ったり湯船につかっていても必ず柔軟運動で、一回の銭湯で握力用の手の平開閉が約1200回ぐらい
湯船から出ると濡れたまま脱衣場に出ていく、そして出たところのスノコの上で今日のイラストのヤンキー座り(昔の言い方だとうんこ座り)で瞑想、さてここからが問題で私が一番会いたくない理由なのだが、とんでもない音量で「ブビ〜〜ッ」としゃがんだまま鼻を鳴らす、間隔を開け何度もならす、鼻炎とか風邪とかと音とはまるで違う鼻爆音!なのである
そして再び洗い場に入り浴槽につかる、不思議なことに湯船では鼻の音は鳴らない。そして又出てきてスノコの上でヤンキー座りで「ブビ〜ッ」、音が鳴った瞬間周りの人は一斉に何事かと彼を見る
最後に濡れたまま脱衣所に、どうするかと思って観察すると、脱衣箱から薄手の体を洗うナイロンタオルを取り出し体を拭く(なんとタオルを持ってきていた!)
以上の観察は、彼との何度かの遭遇の断片を継ぎ足したもので、一度で最初から最後まで見たわけはありません、なんせ長すぎるのだ、年はまだ若そうだが私の映像記憶と合致したのは、一時マスコミを賑わした「キツネ目の男」に似ていたのです
毛馬橋の上流には毛馬の閘門が望めなかなか面白い景観である、この辺りも昔は毛馬済(けまのわたし)として古い歴史がある、注:「済=わたし」と読むとは知らなんだ
毛馬はなんと与謝蕪村の出身地でもある、二〇歳頃離れ各地を放浪し晩年は京都に居を定めたとか
毛馬に最初に橋が架けられたのは大正3年、もちろん木橋で長さは85間、幅員は12尺であった
昭和36年最初架けられたが幅員が狭く、何度も追加工事が行われ現在の橋は54年に出来上がっている
右から二つ目の毛馬の閘門は水位を変えながら船を淀川と大川を行き来するための門で、見ているとなかなか面白い
一番新しくできた毛馬排水機場は、高潮の時下流の水門を閉じる、すると大川の水は増水する、そのとき大川の水を淀川に戻すポンプ場である、なんとここのポンプは30分で甲子園球場を満杯にするだけの能力を持っているそうな