ひさしぶりの四天王寺

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冬の寺
平日の午後、仕事先の関係で久しぶりに天王寺へ出かけた、冬至だったからか四天王寺の境内には出店が一杯、と言っても全部後片付けの最中で境内の客はガラガラ、午後の日差しの五重の塔や南大門は朱色が映えてなかなか美しい

奈良・京都が直ぐお隣なので大阪の寺はあまり話題にならないのだがこの四天王寺は古い、推古天皇の593年に建立されているので奈良京都よりも古いのだが何故かあまり話題にならない

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ご存じだと思うが聖徳太子が蘇我馬子が物部馬子に勝利するよう祈願して四天王像を祭ったとされている、特に著名なのは建て方で、中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に並べた伽藍配置でこれが四天王寺式、つまり日本で一番古い建築様式の一つである

駅や地名に使われていいる天王寺は四天王寺の略だそうなのだが、何で一文字だけ省略したのかよう解らんのだが略したものが地名になるのもこれまた不思議、もう一つよう判らんのが四天王寺建立を采配した厩戸皇子(うまやとのみこ=聖徳太子)の年齢が14歳なことでこれまた奇っ怪

残念なことに四天王寺は何度も災害に遭い建て替えられている、これは大阪の寺全体に言えることなのだが大阪大空襲で焼失してしまい現在の建物は`63年に出来上がった鉄筋コンクリートで、このあたりが京都奈良の扱いとかなり違っており、大阪城と共に有り難みが非常に薄いのであります

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写真の仁王は南大門にある、東側の阿形が那羅延金剛力士で西側の吽形が密迹金剛力士でそうだ、いかんせん昔から信心というものに無縁で、神社仏閣は好きでよく見て歩くのだがお参りするという感覚はゼロに近く、祭られている仏像には申し訳ないと何時も思っております

どうも大阪という町は文化遺跡に目もくれずひたすら金儲けだけに突っ走って来た感がある、それは明治以後のビルにも言えることで片っ端から壊しまくっておるのであります

知ったばかりで恐縮ですが最近「ハコモノ」行政に対する方法として「リファイン建築」なる言葉が注目を浴びております、建築を社会的資産として捉え、リファイン建築として再生実施している

下の写真は境内で見つけた無数の傘、不思議な感じがしたのだがひょっとしたらこれも縁日の商品で片付けまちなのかな?
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by PUSH-PULL | 2009-12-25 08:28 | 写真 | Comments(0)

公園のライダーキャッツ


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