木蓮がここだけ満開

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真っ白
ここだけ木蓮が満開なのだがここまで来る途中の木蓮はすべてちらほら咲き、川口のこの近くにあると知っていたのだがやっと見つけた「大阪開港の地」、写真で見ると何の不自然もないが、この場所は鉄パイプで作られた行き止まりの柵のずっと向こう、それも2M以上もあるフェンスの中にあった、この写真を撮るために私は不法侵入したことになる、もちろん私有地ではありません

b0057679_903655.jpgここ数年で大阪中の空き地はすべて柵とフェンスで囲われ見苦しいことこのうえなく、私自身の生活をどこからか監視されているようで薄ら寒いものを感じる

昨日アップしたリヤカーの主の段ボールハウスが放火されていた、中之島の西の端の高速道路沿い、朝方消防自動車に高速道路関係者に警察と大変だったらしい、犬仲間に本人を知るおっチャンの話だが、高速道路関係者に橋脚が火事の煙で煤けたのをどうしてくれると詰め寄られたらしいが、本人は放火の上どうすることも出来ないと返事、とりあえず片づけるようにと言われたらしい

私が今朝通りかかったときは仲間と二人で燃えていない段ボールに、放水でぬれ焦げた紙類をせっせと詰めているところだった

1868年(慶応4年)に大坂は開港している、川口に隣接するここ富島(現川口)に港湾が造られた、その後外人居留区や江之子島には大阪府庁が出来、明治時代は大阪の中心だったようだが、今は完全に倉庫街

パフォーマンス好きの知事と同じ穴の狢の議会ごっこはもっぱら府庁移転話、今日のお話と同じでやっぱしベイエリアがお好きなようで、言えることは大阪の西の端になるので平均的に遠くなることだけは間違いない

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<八百八分の四十四橋>堺筋を超えさらに道頓堀川を上ると東西に流れる川の最後の橋が「下大和橋」、下と言う限りもちろん上もあります、このあたりになると道頓堀の喧噪もすっかり無くなり商人の町らしくなってくる

大和町は昔「金比羅詣」の舟の発着場があり賑わっていたとか、ここから四国の金比羅?までの船旅だろうか、また近松の「生玉心中」の舞台にもなっている、明治時代は大阪の市電が発達するまではこの場所が舟の発着場として賑わい一日に二万人も舟を利用する人があったらしいがとてつもない数字である
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Commented by 白髭 at 2009-03-18 10:17 x
ははあ。昨日の写真の リアカーと運搬台車の複合車の持ち主がが 自分の持ち家に放火された訳だ。一戸建ての家持ちで自家用車持ちだったわけで 考えてみれば優雅な生活だったとも言えますね。
Commented by PUSH-PULL at 2009-03-18 10:48
東京の河原も中学生の放火があったようで、住みづらい世の中です、落書きもそうだが管理すれするほど荒れるような気がする
九州では放火では無いにしろ野焼きで地元のお年寄りが巻き込まれるとは信じられない
by PUSH-PULL | 2009-03-18 09:06 | 写真 | Comments(2)

公園のライダーキャッツ


by PUSH-PULL